複製された男 : 映画評論・批評
2014年7月15日更新
2014年7月18日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
2人のジェイク・ギレンホールが演じる、秀逸なドッペルゲンガー・ミステリー
「世の中には自分とそっくりな人間が3人いる」。「自分の生き写しを見たら、その後に死ぬ」。ドッペルゲンガー現象にはいくつかの言い伝えがあるが、ジェイク・ギレンホール演じる本作の2人の主人公は、ただ単に瓜二つであるというだけでない。後天的にできたはずの身体の傷跡まで同じなのだ。一体そんなことがあり得るのか? そうじゃなくても、本作には非現実的なシーンやカットが途中で何度か挿入される。それも、思わせぶりな幻想シーンなどではなく、作品で描かれている現実世界と地続きに。そして唐突に。
ドゥニ・ビルヌーブ監督は前作「プリズナーズ」に続いて、本作においてもミステリーの枠組みの中で観客を引き込まずにはいられない刺激的な物語を展開させていく。しかし、「プリズナーズ」の作品世界が現実の重さをこれ以上ないほど感じさせるリアルなものであったのに対して、「複製された男」の作品世界は現実からほんのちょっと遊離した、まるで目眩や酩酊状態のような感覚に全編が覆われている。こんなに対照的なテイストの作品を立て続けに生み出してしまうのだから、つくづく非凡な才能と技を持った映画作家だと感心せずにはいられない。
もっとも、作品のテイストは異なるものの、「プリズナーズ」と「複製された男」は非常に似たテーマを持った作品でもある。「プリズナーズ」においては父性がそのテーマの中心にあったが、「複製された男」においては父になる前の、より根源的な「男であること」が重要なテーマとなっている。ちなみに、本作はポルトガルのノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの長編小説を原作としているが、分身の片方であるアンソニーの妻が妊娠しているという設定は原作にはなかったもの。ビルヌーブ監督は、都市に生活する現代人のアイデンティティを巡る物語であった原作を尊重しつつ、すべての男性が思い当たるような悪夢へと本作を仕立て上げたのだ。
トロントの街の高層ビル群。大学での講義内容。謎のセックスクラブ。写真。ブルーベリー。巨大な蜘蛛。謎を解くためのヒントは、本作のいたるところに隠されている。観客には、繰り返し観ることでその謎を解いていく楽しみも用意されているが、まずは心を無にして90分間のめくるめく夢の世界を堪能してもらいたい。
(宇野維正)