白鯨との闘い : 映画評論・批評
2016年1月12日更新
2016年1月16日より新宿ピカデリーほかにてロードショー
白鯨と闘うだけじゃない、極限状態に置かれた「人間」たちの熱いドラマ
このタイトルから人々が想像する映画とは、おそらく大きくかけ離れた映画だ。もちろん主人公ら男たちは白鯨と闘うし、3D映像が描き出す、怒れる白鯨はそれはもう凄まじい迫力。海洋アドベンチャーとしてのスケールが圧巻なことに関しては太鼓判を押せる。しかし、それがすべてではない。それよりむしろ、心に刻みつけられるのは鯨の襲撃で極限状態に置かれ、生命を脅かされた「人間」たちの熱いドラマだ。傲慢さゆえに鯨と闘い、立場の違うライバルと闘い、己との闘いを強いられて試練を重ねる人間たち。それは過酷な物語であると同時に、意外なほど詩情にあふれて美しい。
この映画が描くのは、ハーマン・メルビルの名著「白鯨」にインスピレーションを与えた、捕鯨船エセックス号の衝撃的な実話。19世紀のナンタケット島では、捕鯨ビジネスが大きな価値を持っていた。この時代はヨーロッパのエネルギー源を鯨油が担っていたからだ。無鉄砲で自信家の一等航海士、チェイスと、経験値は浅いが名家の出だからと船長の座を獲得したポラード。逃げ場のない船という舞台で、この2人の緊張関係がどう転んでいくのか、乗組員たち全員の運命がどこへ押し流されるのか、生き抜くことができるのか。一瞬たりとも目が離せない。先が読めないためだが、クリス・ヘムズワースを始めとするこの乗組員たち、海の男たちが非常に美しく魅力的だということも一因。3D映像は迫力と臨場感をもたらすだけでなく、被写界深度の浅いポートレートのように男たちの存在を際立たせるのだ。
監督は、前作「ラッシュ プライドと友情」でもライバル同士の心に生まれた複雑な感情を浮き彫りにしたロン・ハワード。本作でも期待した以上、想像した以上に心のドラマで魅了する。物語はメルビルが生き残った乗組員から過去を語らせることで紡がれ、なぜメルビルが「白鯨」を書くことになったのかというミステリーを伴うのだが、ブックエンド型のこの部分にも現在進行形のドラマがある。哲学的、倫理的な領域にまで足を踏み込むその勇気には、白鯨に体当たりされた船のように揺さぶられずにはいられない。
(若林ゆり)