ルパン三世 : インタビュー
浅野忠信、銭形警部役の原点としたのは「耳かき」
ベージュのトレンチコートに同系色のハット。「ルパン三世」の主要キャラクターの1人、銭形警部のトレードマークだ。演じる浅野忠信が原点としたのは、なんと「耳かき」である。詳細は後述するとして、この「耳かき」が40代を迎えるに当たって思い描いていた俳優像にひとつの道標を見いだすきっかけとなった。主演映画「私の男」では、モスクワ国際映画祭の最優秀男優賞を受賞。大きな勲章も手にし、浅野はさらなる高みを見据えている。(取材・文/鈴木元、写真/堀弥生)
浅野は「ルパン三世」の撮影期間中に不惑を迎えた。さかのぼること3年、フジテレビ「世にも奇妙な物語 2011年秋の特別編」で主演した1編が「耳かき」だ。
「それ、確かにでかいんですよ。最近の活動のベースになっているのが、意外にそこだったりするんです。40代を迎える時に、ダンディズムやおじさんになったからこそできる役というのを30代でイメージしていたんです。40代になったらこういう役をやりたいなっていう時に、最初に来たのが『耳かき』でした」
ダンディな殺し屋が仕事をする前の儀式として耳かきを始めるが、耳かきが引っかかって抜けなくなってしまう。あらゆる手段を講じて取ろうとするが、耳かきは非情にもどんどん奥に入り込みダンディズムどころではなくなっていくというシュールな佳作である。
「クールなだけじゃなく、おっちょこちょいな面をどこかで出したいという気持ちがあって、面白いし新しいチャレンジだしといういろいろな思いがあって、これはいけるなってなったんです」
その時の衣装がトレンチで銭形はもちろん、今年のNHKドラマ「ロング・グッドバイ」、さらには「私の男」にも通じているものがあるという。銭形を演じるに当たっても、クールさと人間味があふれるおかしみのバランスを重視した。
「国民的に知られているキャラクターなので絶対的なベースはあるけれど、まずは取っ払うしかないなと。僕に来たからには僕がやるとっつあん(銭形)でなければいけない。じゃあ、どういうものか。『耳かき』のようなちょっとおかしな部分があり、クールな面も入れたいなと思ったんです。そうやってつくり出したら割と当てはまるシーンがあって、現場でやってみたら(北村龍平)監督も格好いいと言ってくれた部分もありました」
加えて印象的だったのは、ある種の無鉄砲さ。ルパン逮捕に執念を燃やし、「ルパァーンッ」と雄叫びを上げて追跡する姿はまるでアニメから抜け出てきたようで、浅野がここまで声を張るのも珍しい。
「自分でも想像していなかったので、僕が一番ビックリした。自分の中にインプットされていた、アニメのとっつあんが出てきちゃったんですね。全然やるつもりはなかったのに、切羽詰まった時にとっさに出た。でも妙にすんなり出たので、これはこれで生かしちゃおう、もうやっちゃった方がいいなってなれた。コミカルな面がどんどん自分の中で膨らんだというか、メガホンを持ってパトカーに乗れば、もうそれ以外ないですもんね(笑)」
日本と行ったり来たりだったが、2カ月に及ぶタイでのロケも猛暑の中、当然トレンチ。とあるシーンで、思わず「暑いなあ」とボヤきながらネクタイを緩めるというアドリブが採用されたほど暑さとの闘いでもあった。それでも「地球で最後のふたり」、「インビジブル・ウェーブ」などで経験のある同国での久しぶりの撮影は心地よかったようだ。
「タイの人たちは絶対的に優しいんですよ。映画のスタッフに関してはめちゃくちゃレベルが高いですから、実は映画にはもってこいの国なんだと思い出しました。そこにまた帰って来られて良かったなと思いましたね」
小栗旬をはじめ、玉山鉄二、綾野剛、黒木メイサという後輩たちとの共演も刺激になった様子。特に宿敵となるルパン役の小栗の存在が頼もしかったと振り返る。
「彼が一番プレッシャーを感じていたと思いますけれど、現場で熱心に取り組んでいる姿を見ていましたし、アクションも必死になってやっていました。クールで格好良くて面白いルパン三世の新しい形を見せてくれて、誰よりも光っていた。そのおかげで、僕たちがやっていることも生かされたと思います」
満足げに語る表情からは確かな手応えが感じ取れる。納得のいく形で40代のスタートを切れたことで、国内外を問わず精力的に積み重ねてきたこれまでのキャリアが、さらなる実りの時を迎えている実感もあるようだ。
「本当に、30代に苦労して良かった。自分からあえて突っ込んでいった部分もあったんですけれど、学びたいことが多かったですし、取り組まなきゃいけないテーマがいっぱいありました。それで自分のやるべきことや、逆にできないことは何なのか分かったと思います。30代に自分がイメージしていた40代、50代があって、そこに向けて頑張ってきて、今、その結果を与えてもらえている感じですね」
その結果のひとつが、モスクワでの戴冠だ。「私の男」は最優秀作品賞との2冠に輝き、素直に喜びを表現する笑顔には大きな自信を得たこともうかがわせる。加えて、これからへの期待の高さだということも十分に承知している。
「やりました。自分にとっては大きかったですね。分かりやすい形としての結果はこれまであまりなかったので。でも、これまではそれで良かったなと思うんです。もっと早くにもらっていたら満たされてしまっていたと思うし。モスクワで賞を頂けたことは励みにもなりますし、自分でもゆとりができたというか、今まではきりきり舞いでスタッフと向き合っていたところもあったので、妥協するわけではなく余裕と優しさを持ってコミュニケーションを取っていければと思います」
これから円熟期に入っていく浅野の進化、深化から目が離せない。