オール・イズ・ロスト 最後の手紙 : 映画評論・批評
2014年3月4日更新
2014年3月14日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
男はすべてを失うとき、なにかを悟る
インド洋上を単独航海する自家用ヨットが漂流するコンテナに衝突し、人生の晩年を迎えた男の運命が一変する。舞台は大海原で、登場人物は一人だけ。台詞もほとんど無きに等しい。アメリカの新鋭J・C・チャンダーが監督した「オール・イズ・ロスト」は、情報や演出を削ぎ落とし、シンプルを極めたドラマのように見えるが、脚本にはこの監督の洞察や計算が巧妙に埋め込まれている。
男はタイトルが示唆するように最終的にすべてを失うが、それまでには手元に何を残すかという選択がある。彼は激しい嵐で大破したヨットから救命ボートに乗り移るときに、水没した船室に潜って、封も切られていないある箱を持ち出す。中身は六分儀で、説明書を読む姿からそれを使ったこともないことがわかる。もはや漂流状態で、無線も失っているのに、六分儀で現在地を確認してどうするというのか。
そこで思い出すのが、大海原がインド洋であることだ。ジャーナリストのロバート・D・カプランが「インド洋圏が、世界を動かす」で書いているように、グローバル化はコンテナ輸送に依存し、世界のコンテナの半分はインド洋を通過している。そんな海域であれば、中国製のスニーカーを積んで漂うコンテナに衝突することもあるかもしれないが、同時に航路も存在する。この男は絶望的な状況のなかで、感情を表に出すこともなく、ハンターのように救命ボートが近くの航路を横切るタイミングに備えようとする。
おそらくこの男は、これまで人の力というものを信じて人生を切り拓いてきたに違いない。そんな彼にとっては、手紙が物語るように自分の限界を知ったときがすべてを失ったときになるが、世界は人の力だけで動いているわけではない。男は本当にすべてを失うとき、なにかを悟ることになる。
(大場正明)