劇場公開日 2014年3月14日

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オール・イズ・ロスト 最後の手紙 : 特集

2014年3月3日更新

久しぶりに“本物”の映画を見に行かないか?
世界が賞賛するレッドフォード渾身の“到達地点”──その真髄を解明する

広大な海にたった1人で取り残されてしまった男が、“すべてを失った”果てに向き合うものとは何なのか。御年77歳の名優ロバート・レッドフォードが、唯一の出演者として最低限の台詞だけで挑んだ渾身作「オール・イズ・ロスト 最後の手紙」が3月14日に公開。世界で高い評価を受ける“本物の映画”の真髄に迫る。

レッドフォードの演技はもちろん、映像、音響、音楽のすべてが高く評価
レッドフォードの演技はもちろん、映像、音響、音楽のすべてが高く評価

■盛り上がりを見せたアカデミー賞に投げかけたいひとつの疑問がある──
 「なぜ、本作が作品賞にノミネートされていないのか?」

大海原に放り出された“1人の男”の姿を見つめる
大海原に放り出された“1人の男”の姿を見つめる
暴風雨にさらされ水中にも落ちる過酷な撮影に挑んだ
暴風雨にさらされ水中にも落ちる過酷な撮影に挑んだ

例年以上に粒ぞろいのノミネート作品が並び、活況を呈したアカデミー賞作品賞レース。だが、そこに並んだ作品群を見ると、あるひとつの疑問が湧いてくる。それは、「なぜ『オール・イズ・ロスト 最後の手紙』がノミネートされていないのか?」という疑問だ。

本作は第66回カンヌ国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門の出品を筆頭に、ニューヨーク映画批評家協会賞で主演男優賞を受賞したほか、サテライト賞(作品賞、主演男優賞、視覚効果賞、録音&音響効果賞)、ゴッサム賞(男優賞)、インディペンデント・スピリット賞(作品賞、監督賞、主演男優賞、撮影賞)、ワシントンDC映画批評家協会賞(主演男優賞)、デトロイト映画批評家協会賞(主演男優賞)等で数々のノミネートを受けてきた高品位の作品。アカデミー賞の前しょう戦であるゴールデングローブ賞では、主演男優賞(ドラマ部門)ノミネートを果たし、作曲賞を受賞してもいる。

それがアカデミー賞では、とても主要部門とはいえない音響編集賞でノミネートされたのみだった。

たった1人の出演者として過酷な全編水上ロケに挑み、キャリアの集大成とも評価される熱演を果たしたロバート・レッドフォードは、有力視されていたノミネートを逃したことについて、「候補作への投票は、通常はどれだけキャンペーンをはったかに左右される。製作者はあまり資金をつぎ込みたくなかったんだろう。理由は分からないが、僕らはメインストリームに乗るためのキャンペーンを張らなかった」と語ったことが報じられているが、確かにそうした理由でもない限り、作品賞に本作が並んでいない現状が腑に落ちないほどの作品なのだ。

本作で特筆すべきなのは、もちろんレッドフォードの演技も見逃せないが、それ以上に“レッドフォードの演技に頼っていない”構成と仕上がりである。アカデミー賞の音響編集賞ノミネートなど、評価が音響や音楽、そして撮影にまで及んでいることに注目だ。1人の男が投げ出される広大な海の美しさと恐ろしさがまざまざと映し出され、彼を取り巻く環境を“音”がリアルに浮かび上がらせる。

美しくもあり恐ろしくもある海の表情も見事に描出
美しくもあり恐ろしくもある海の表情も見事に描出

そして、本作で映画音楽家としてデビューし、ゴールデングローブ賞作曲賞を受賞したアレックス・イーバート(ルーツ・ロックの注目バンド“エドワード・シャープ&ザ・マグネティック・ゼロズ”のリーダー)によるサウンドトラックも、映像、音響と渾然一体を成す重要な役割を担う。

たった1人の登場人物が大自然と向き合い、孤独と向き合い、その繊細な心の変化を映像、音響、音楽のすべてが絶妙なバランスで盛り立てて描出していく。となれば、映画の“主役”はもはや俳優1人ではない。アカデミー賞が“音”に注目してノミネートしたのも、ある意味で本作の真髄を見抜いたからではないだろうか。

「どこの映画館に行っても、かかっている映画はよく似たものばかり。見応えのある作品が少なくなったなあ……」と嘆く、“本物志向”の映画ファンは多いはず。見る者の心に確実に大きな何かを残す「オール・イズ・ロスト 最後の手紙」は、そんな観客にこそ見てほしい“本物の映画”なのだ。



■広大な海で“すべてが失われた時”人は希望を持ち続けることができるのか?
 レッドフォードの生きざまともシンクロする“それでも生きる理由”!

海上のコンテナに激突し、ヨットは浸水に見舞われる
海上のコンテナに激突し、ヨットは浸水に見舞われる

「オール・イズ・ロスト 最後の手紙」は、“すべてを失った”果てに己の人生を振り返る1人の男のモノローグから始まる。

人生の晩年を迎え自家用ヨットでインド洋を航海していた彼は、突然海上を漂っていたコンテナに激突したことをきっかけに、大きく人生を狂わせていく。浸水を皮切りに無線機の故障、そして悪天候──自分の現在位置はどこなのか? 食料はもつのか? 飲料水は? そして、自分は生還することができるのか? 嵐や渇き、飢え、そして孤独と、刻一刻と悪化していく状況に挑んでいく男の姿が、ただ淡々とつづられていく。そこには過剰な演出も説明的な回想も一切ナシ、台詞も必要最低限だけで、役名も「Our Man(我らの男)」とされ、男の名前すら明かされない。

だが、スクリーンから感じられるのは、孤独に打ちひしがれた絶望感ではなく、ただ黙々と何かを信じ、生き抜こうとする姿から湧き上がる“生きる力”だ。なぜ彼は諦めないのか、そして彼を支えるものは何なのかを、観客は見つめる。そして最後に、冒頭のモノローグに込められた思いに立ち返るのだ。

(左より)撮影中のチャンダー監督とレッドフォード
(左より)撮影中のチャンダー監督とレッドフォード

安定した生活や家族たちと離れ、ただ1人で海原に漕ぎ出し、そして次々と降りかかる困難に立ち向かっていくこの男の姿は、二枚目スターの座に安住せず、映画人育成という困難へと乗り出したレッドフォード自身の生きざまとも重なる。「明日に向って撃て!」での成功で自身のプロダクション、そしてサンダンス・インスティテュートを設立し、優秀なインディペンデント映画作家のためにサンダンス映画祭を主宰。映画監督としてもオスカーを獲得し、俳優としても成功した映画人としての経験が、何が起こっても希望を失わず生き抜こうとする男の姿にリアリティを吹き込んでいるのだ。

奇しくも、監督・脚本を努めたJ・C・チャンダーは、サンダンス映画祭で前作「マージン・コール」が高く評価された人物。レッドフォードが「変わった脚本で気に入った」と出演を即決したのがチャンダーであり、“サンダンス出身監督として初めてレッドフォードを起用した人物”となったのも、縁の深さを感じさせる。

撮影時は76歳だったレッドフォードが、洋上を漂い、水に沈むという過酷な演技に挑んだ本作。男が人生を振り返ったとき、自らの心の奥底に何を見るのか。すべてがはぎ取られた偽らざるその気持ちに感化され、見る者もまた、自分に取って大切なものとは何か、そしてなぜ自分は生きるのかと、己の真意と向き合ってしまうのは間違いない。



■映画評論家が本作のクオリティを解説──
 なぜ「オール・イズ・ロスト」は人々の心をとらえて離さないのか?

数々の賞で高い評価を受ける「オール・イズ・ロスト 最後の手紙」を、評論家の芝山幹郎氏が鑑賞。本作の中心がレッドフォードだけではなく、広大な海の虚無と風や波の音を際立たせる音楽でもあり、それらが伝える大いなるテーマが、見る者の心をとらえて離さないさまを解説する。

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