アデル、ブルーは熱い色のレビュー・感想・評価
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アデルとレアセドゥの演技が素晴らしい
恋に落ちた二人の愛の行方を描いた物語。
情熱的で官能的な美しい二人。
本当に恋人ではと思えるほど二人の求め方が激しく、ヒリヒリとした愛を感じます。
執拗にも見せつける二人のベッドシーンには、ただ圧倒されるようでした。
そしてちょっとしたほつれからの別れ、その後の再会のシーンは観ていてすごい緊張しました。
そしてこのシーンの密度がすごい。
堰を切ったような二人のキスはとても情熱的で、でも二人を隔てる壁を再確認してしまう。これが辛かったです。
そして最後の別れの言葉。
「でも想いを抱き続ける、いつまでも、死ぬまで」
これ以上なく優しく、余りにも残酷な一言でしょう。
そして個展での再びの再会、もうただの友人に戻っているのが良くわかるんですね。二人の距離感というか温度が。
その個展から出た最後のカットも美しく、もう交わる事のない未来のようでした。
とにかくアデルとレアセドゥの演技が素晴らしく、史上初役者にもパルムドールが贈られたのもわかる気がします。
切なくもありますが、とても素晴らしい作品でした。
感想
始まってすぐいいなと思った。
ただの日常を映してて見てて心地いい。
後に、彼女と会って日常に起こる変化がわかりやすい。
・場面ごとの感想、自分の整理
最初に付き合う男の子はかっこよくて、会話もしやすい。すぐに体の関係をもつのは驚いたけど、試したかったのと嫌ではなかったからで、でも、恋焦がれるような好きではないとわかってしまう。
友達と階段でキスするところ、すごくいいなと思った。探るような会話で少し期待があってキスする…。いいね。ここまでは…。
その気になって、トイレで大恥かいて死にそうになって、なんだよそれっ!て私もなった。
夜中のバーはキスしてる人がたくさんいて私も驚いてしまうと思う。主人公未成年には刺激が強い。中盤を思うと序の口だったけど。
バーでの会話は何がいいか言葉にできないけどなんかよくて目線とか少しずつ話す感じが魅力的なシーンだった。
学校でプライベートを根掘り葉掘り聞く友達は、うざくて声も大きくて厄介。自分の主張の揺るがなさとその主張で捩じ伏せようとしてくる。
性的に見られるのは不快なのわかるけど、全然そんなふうに見てないのに、被害者づらして最悪。
同性愛も異性愛も体目当ての人はいるだろうけど、彼女の心配の仕方はレズビアンへの偏見。アデルは中身で恋愛しない人扱いなのも心外だろう。
友達の方が男ってだけで全員対象みたいなくせに。
会話を楽しむアデルとエマは見てるこっちも楽しい会話だった。
セックスする二人。とても激しい。びっくりした。こんなに見せるのかというのと、長かった。実際のセックスに比べたら短くても、長くて恥ずかしくなった。生々しくて俳優達を意識してしまう。視聴者へのエロい挑発じゃなくて、リアリティのあるものにしたかったのかも。
衝撃を受けるけど、この生々しさは異性愛と変わらない。
現実の男女の行為と同様だと言いたいのかもしれない。
同性愛を嫌悪してる人は驚くだろうけど、自分たちのしてるのと、ほら同じだと。
映画のラブストーリーだと普通は美男美女がしてるのを綺麗な取り方で見せるから、リアリティを求めてて新鮮だった。
でも、カメラから、観客の視線から守りたくなった。
気まずい表情がよくて、こちらが不安になる家族と対面シーン。
寂しさからの浮気。よくある別れる理由。運命的な出会いに見えた二人だったけど、特別なことはなかった。
アデルもエマもすごいシーンだった。
レストランで久しぶりに再開した時の会話がいい。哲学の本を読む彼女は高校生の時から自分を見つめて、精神性というか内面が磨かれてる。その説得力が溢れるシーンだった。エマの魅力がより深まった。復縁して欲しいと思うけど、ここでなあなあにはならないのないい。
ずっと日本語タイトルの区切りを間違えててアデルブルーだと思ってた。
吹っ切れたと言ってるけど最後にブルーを着てるアデル。アデルブルーだ。
原作はブルーは熱い色
Le bleu est une couleur chaude
映画に込めた思いをどこまで理解できたかわからない、感じるだけでいいのか。
高校時代の同性愛に理解のない世界から、大人になると、周りには理解者が多くいて問題がなくなる。
それぞれに生きづらさはあるが、2人の間にある問題は、同性愛者とは関係ない。恋愛において普遍的なこと。
後半はずっとただ恋愛映画を見ていた。最初と違い、性別にとらわれないで2人の恋愛を見守る。そういう風に見せられたんだと思う。
二人の出会いを羨ましく思う。
今から十年前の映画、当時のフランスはどんなだったろう。
フランスは同性愛の映画いくつもあるなと思った。
主演二人にパルムドールが授与されたとあるが、ほんとに素晴らしかった。
どうしようもなくエマを好きになって!!
高校2年世のアデル(アデル・エグザルポプロス)は
上級生の男の子とゼックスをする。
「とても良かった・・・」と言うが、
同級生の男の子には「悲しくなった」と感想を言う。
アデルは道ですれ違って一瞥を交わした青い髪の歳上の女性に
一目で囚われていた。
夜のレズビアン・バーでその女・エマ(レイ・セドゥ)と出会い
恋人関係になるる。
美術大学の学生で画家のエマはアデルをモデルに絵を描く。
2人はエマの家で同棲生活を始める。
女同士の激しいセックスシーンが映し出されます。
2人とも綺麗な裸身なので不潔感はありません。
それにしても激しい。
並行してデモ行進に参加するアデル。
幼稚園と小学校を併用したスクールの教師になるエマ。
昼は真面目で優しい先生です。
エマが絵の合宿で留守にする間。
寂しさのあまりに男性と関係を持つエマ。
芸術家のエマは激しく罵り、アデルを強い言葉で追い出します。
自分だって新しい恋人に心を移しているのに。
若いエマの恋の遍歴。
どうしようもなく好きなエマに拒絶されて、アデルはブルーのドレスで
夜の街に消えて行きます。
アデルは5年後、普通のお母さんになっているのでしょうか?
夜の街を彷徨う「ミスター・グッドバーを探して」の
ダイアン・キートンになっているのだろうか?
その答えは分かりません。
レア・セドゥの若い頃の映画を観たいと思ってみましたが、
もうこの時は27歳位で、立派に貫禄でした。
ひとつ発見したのですが、レア・セドゥの素顔って
リヴァー・フェニックスにそっくりなんですね。
フランス映画で女優は脱ぎっぷりが本当に素晴らしいです。
なんだか疲れてしまって、
女同士の愛より、身も心も滅ぼすような究極の愛の物語。
「ベティ・ブルー」が観たくなりました。
クセあるストーリーを映像美が包み込む
本作は映像がとても良い。タイトル通りと言うべきか終始ブルーの入れ方が印象的。皆の表情もすごく良く撮れていると思う。風景的には主人公の自宅前の下り坂の雰囲気が格別だ。結構濃いめのストーリーをも上回る映像美が本作を盛り立てる。
ストーリー的には、多様性をテーマに数年にわたる展開は奥深く確かに話題性ありと言えるが、それにしても上映時間3時間は長過ぎるのでは。随所随所でのワンシーンが明らかに長い。決して観ていて飽きるわけではないのだが、やはりしつこく感じてしまう場面も多々ある。2時間程度でも十分表現できたのでは。
とは言え、やはり映像美に溢れシビアに切り込む攻めのストーリー展開は見ごたえ十分だ。
アデルとエマは、考え方も感じ方も、対極的だ。ふたりの対話でもそれは...
アデルとエマは、考え方も感じ方も、対極的だ。ふたりの対話でもそれは強調されるけれど、ふたりの親を交えた食事で、それは、どうしようもないくらい顕著に表出する、育ってきた環境が、根底にある生き方が、積み上げてきた人生がまるで違うのだ。安定を重んじる生き方と、感覚的な生き方と。
ふたりは、真逆の性質を持っているから、いつかは限界がきて、別れなければならなかった、というよりは、真逆の性質を持ち合わせていたとしても一緒にいることができた、奇跡的な時間だった、というほうがしっくりくる。なにもかもが、対極的だけど、それを無効化するほどの愛が、ふたりのあいだには、たしかにあった。
もちろん、真逆の性質を持ち合わせていたとしても、それを乗り越えるチャンスはいくらでもあった。だけど、エマが「才能があるんだから、何か書けばいいのに」とすすめても、アデルは書いてみようともしなかった。
エマの新しい恋人は、エマと似たような性質を持った人だった。アデルとエマは主に肉体的に愛しあったけど、エマと新しい恋人は、感覚的な部分で精神的に繋がっていた。「セックスは?満足してる?」というアデルの問いかけに対するエマの答えは「あんたとは違うの」。この言葉は、セックスのことだけじゃなく、すべてだった、ような気がしている、
エマの展覧会で、ふたりはまた再会するのだけれど、アデルは改めて、ふたりの生きている世界がちがうこと、感じている世界がちがうことを突きつけられる。滞在時間は短め。あの空間はエマにとっては楽しい場所で、アデルにとっては居心地の悪い場所だ。ひとり歩き去るアデルの後ろ姿はなんだか吹っ切れたように見えた、きっと、ふたりの人生は、二度と、交わることはないだろう、
メモ✏️
・好きなシーン
ふたりがまだ肉体的な関係を持つ前に、公園の草原で「気持ちいいね」とふたりで寝そべっているシーン
・この映画のレアセドゥがいちばん好み、ショートカットがとても似合う
LGBT
レア・セドゥーが好きで、観よう観ようと思いつつ、長すぎるため、後回し後回し、今回やっと観ました。
レズカップルの恋愛という難しい話、超濃厚な濡れ場
たぶん、撮影中は本当に愛しあってたんだろう迫真の演技
パルムドール賞を取ったのも納得。
映画的に好みのタイプじゃないけど名作だと思います。
終わり方が好きです。
エンドロールで流れる曲が印象的で、余韻に浸る心に染みますね。
でも、長い…(苦笑)
エロイので、家族で観るのは気まずいと思います(笑)
ブルーは魅力ある色
長かった…
ひとつづつ、丁寧に描写された作品故なのだろう。間の取り方、何度も出てくるパスタシーン、表情だけでセリフのないシーン等…
ひとつひとつ伝えたいことは入念に。
フランスの1人の女の子が、大人の女性へと成長していく上で経験する出来事をブルーを基調に描かかれていく。
家庭環境、同性愛、夢、失恋…
人生は自分で選べることとそうでないことがある。
それでも精一杯、自分を生きる。
1人の女性の生き方を垣間見れる作品。
そしてパスタが食べたくなった。
「想いを抱き続ける、死ぬまで」が恋愛の終わりを告げる
アデルとエマは住んでる社会が違う。テレビを見ながらパスタを食べるアデルの家庭にとって、生きるというのは地に足のついた生き方をすることで、仕事は食べていくための手段。一方で、美意識高くリベラルなエマの家族にとっては好きなことをする創造性や才能が人生にとって大切で、哲学的で抽象的な話ができるいわゆるインテリ。
生きている世界が異なる二人の一目惚れで始まった恋の物語。織り込まれているのは、恋愛心理、性、子どもから思春期を経て大人になっていく過程、女性の一生、理想と妥協、政治活動と人間の自由。これらはアデルの高校の文学の授業で扱われている小説、高校生によるデモ、エマとの会話の中で、映画の冒頭と前半で提示されている。『マリアンヌの生涯』『クレーヴの奥方』『危険な関係』『アンティゴネ』そして『汚れた手』。フランスの高校の文学専攻の授業のやり方が新鮮だった。時代も性別も超えた「普遍」がフランス社会だ、が強く伝わった。
長い映画だったが必要な長さだった。映像も美しく冒頭から最後まで常にブルーが映っていた。一貫してノーメイクでショートカットのレア・セドゥ、007のボンドガールよりよかった。
感情が震えるほど情熱的で美しい二人の姿
繊細かつ大人な雰囲気がフランス映画らしい。まるで高価な芸術作品のようだ。
約3時間もの長作だが時間の経過を忘れるほど作品の世界観に惹き込まれ、二人の歩むさまをそばでこっそり見守っているかのような感覚に浸れる。
アデルとエマの表情も魅力的で喜怒哀楽の表現方法も絶妙。でもアデルの純粋さに感情移入してしまって胸が苦しくなる。
物議を醸した写実的なラブシーンに関して個人的な意見として言えることはただひとつ、とにかく二人が美しい。本作はLGBTに対する考え方を変えてくれる素晴らしく美しい作品だ。
芸術の国ならではの色彩美が思春期を彩ります。
あっという間の3時間でした。
映像がとても美しく、街並みやただの公園にすら色彩美がありました。カラフルな美しさではなく、アンティーク調な色味です。馴染み深いアメリカ映画やイギリス映画とはまた違い、フランス芸術の美的センス光る作品だと思いました。
ですが演者さん達はとびきり美人だったりおしゃれだったりでもなく、キャラクター達が華麗な生活を送っているわけでもないので、フランスの日常生活を色彩豊かな景色が彩るという感じです。
ストーリーは大人とも子供とも言えない絶妙な時期を生きるアデルの甘酸っぱい恋のお話ですが、ラブシーンが過激すぎて驚きました。ぼかし無しでとんでもないところまで写っています。演者さんたちのまさに渾身の演技に脱帽…。やたらにリアルでしかも長いので小恥ずかしい気持ちになりましたが。
一つ欠点があるとすれば主人公アデルの食べ方が汚い笑
くるしいけど、美しい
落ちるってくるしいけど、美しいなと。
悲しいけど、幸せで。
言葉にすると陳腐になってしまう。
やっぱり人の感情は、そんな単純じゃなくて、言葉にするのは非常に難しいものなんだと思う。
昔に1度見たはずだけど、違った気持ちになった。
またいつか見たいなと思う。
長尺の必然性
アップの長回し、食べる踊る寝る貪るの長回し
これだけ流し続けなければ爪痕残せない作品
なのかな?テーマがこれだからか…
女優の体力と根性も素晴らしいし
閉じない唇も惹きつけられる
ブルーの使い方の無駄打ちが気になる
と思うのは美的センスの違い
若い女子にヒットしたのは大変納得する
とても切ない…
不安で寂しさを埋めるため、一度の過ちを犯したてしまったがために、エマと別れてしまったアデル、懸命に取り戻そうとする姿が何とも。ラストは再びあの頃の二人に戻ってほしかった。アデルにとっては初めて自分を正直に、解放させてくれた相手。そこには同性、異性は関係ない。エマにとっては、アデルに両親や職場にも自分とのことをきちんと伝えてほしかったかもしれない。アデルはまだ少女のあどけない表情を見せたかと思えば、時折見せる女の表情、この両面がとても魅力的だった。レア・セドゥもアデルを愛おしく思う表情、苦しいながらも別れなければならない表情が印象的だった。実際の過激なシーンよりも、ダンスシーン、ワインやパスタを飲食するシーンの方が官能的だった。
主人公が魅力的
主人公が可愛い。ソフィ・マルソーの若い時ってこんな感じではなかったかな。
ごく普通の女子高生が性的に初めて強く惹かれたのはハイソな年上の女性であり、その女性との恋が実って生活を共にし、やがて関係が破綻するまでが描かれている。
主人公も相手の女性も魅力的だが、もしこれが異性間の話であれば、ポルノグラフィックな表現を大いに含む、割と普通の恋愛ものかな、と思ってしまった。レズビアンorクゥイアーの女の子の場合というのが新しかったのだろう。
パリの高校生というと自由なイメージがあったけれど、レズを疑って主人公をからかう場面があって、日本と同じように同質性を重んじるんだなぁ、と意外だった。
成長と喪失感
ラブシーンがしつこく、別にそこまでエロくする必要あるのかなーとか観てる最中は思ったんですが、
後から思い出すと、2人の情熱的な恋愛が破局してしまった切なさに胸が締め付けられる気持ちになるので、これは完全にラブシーンが効果的に働いてるんだと思います。
ラブシーンだけでなく、アデルの心境が細かく丁寧に描かれていて、
人が大人になるにあたって得るであろう成長と喪失感が表現されていたように思います。
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