劇場公開日 2013年12月13日

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鑑定士と顔のない依頼人 : インタビュー

2013年12月9日更新
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トルナトーレ監督、G・ラッシュ主演ミステリーで見せる「恋のプロセス」

イタリアの名匠ジュゼッペ・トルナトーレ監督といえば、傑作「ニュー・シネマ・パラダイス」に代表されるあふれ出る映画愛の人だ。映画に限らず、「マレーナ」では少年時代に抱いた女性への恋慕、「シチリア!シチリア!」では故郷と家族への思いなど、常に愛を追求してきた。しかし、忘れてはならないのが「記憶の扉」「題名のない子守唄」などで見せた、卓越したストーリーテラーとしての顔だ。オスカー俳優ジェフリー・ラッシュを主演に迎えたミステリー「鑑定士と顔のない依頼人」では、二転三転する謎を張りめぐらせ、見るものを誘い込む。(取材・文・写真/編集部)

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クレアという女性に両親から相続した遺産の査定依頼を受けた天才鑑定士ヴァージル・オールドマン。しかし、ヴァージルが屋敷を訪問してもクレアは姿を現さず、怒りのあまり屋敷を後にしてしまう。後日、クレアから謝罪の連絡を受け、再び屋敷に足を運んだヴァージルは、山積みの品々から歴史的価値のある美術品の一部を発見する。

本作の出発点は、トルナトーレ監督がかつて聞いた広場恐怖症の女性の実話にあった。その後、20年にわたり構想を練り上げ、からくり人形の物語を組み込むことで複雑なストーリーを完成させた。「何年も何年もひとつのストーリーを温め続けていると、そのストーリー自体が独立して、話を完結させていくということがよく起こるんです。今回も何か理由、動機があったからこの映画をつくったということだけではなく、ストーリー自体が何年も自分から離れず、繰り返し立ち返ってくるものだったんです。ある日、ヴァージルという役が完成し『映画館で見たい』という気持ちになり、脚本を執筆したのです」

ひとつの謎が解き明かされたかと思えば、次の瞬間には別の謎が浮かび上がる――不可解な行動をとるクレアに翻ろうされるヴァージルと同様に、観客はスクリーンを通じてミステリアスな魅力に引き込まれていく。異なるジャンルの融合を目指したトルナトーレ監督は、ミステリーという枠組みで、孤独に身を置いた老鑑定士の心の移り変わりをあぶり出した。

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「この作品は死者が出なければ、犯人も刑事もいない。ミステリーとして成立するための条件は足りないのです。でも、私は恋のプロセスはある意味ミステリーだと思うんです。恋のドラマツルギーというものが、ミステリーのように感じられたことから、この作品に結びつきました」

ヴァージルは極度の潔癖症で、極め付けに芸術品の中の女性しか愛することができないという強烈な人物だ。年を重ねているが、愛というものがわからない。トルナトーレ監督は、「思春期の少年が性に目覚め、異性に対じするときの欲望と相反するフラストレーションのような恐怖に近い感情を、年老いた男に抱かせたらどうだろうか」という点に狙いを定め、美術品と日常的に接する機会を持つ鑑定士へとたどり着いた。

「ヴァージルは鑑定士であり、自分自身も美術品の収集家です。オークショニアはディーラーであると同時に、多くの場合は鑑定眼も備えていて真偽を見分ける力を持っている。オークショニアが美術品や骨董品を査定して、評価する仕事も担っているわけで、時には遺産を査定することもあります。物語が必要としている要素を与えていった結果、ヴァージルという人物が立ち上がっていったのです」

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トルナトーレ監督のこれまでの作品には、キーパーソンとして子どもが登場している。本作でも、「映像として見せることはないけれど、オールドマンが語るセリフで子ども時代を彷彿とさせるシーンがあるんです。彼にとっての子ども時代は、今を形作るために決定的な要素を持っていたもので、(子ども時代を振り返ることは)人間が成長していくのとは逆の経緯をたどることになります」と記憶の断片として、ヴァージルの人物像に影響を与えている。

自らメガホンをとるほか、古典映画の修復作業にも従事するなど、トルナトーレ監督の映画への愛は深い。「自分のなかで35ミリフィルムに対する愛情はありますが、遅かれ早かれ決断の時はきていたと思います。世界的にデジタルへの移行が避けがたいことですし、自分にもそれが起こるのだろうと思っていました」と、本作では初となるデジタルカメラでの撮影に挑んだ。

トルナトーレ監督は、新たな技術を取り入れた現場を「素晴らしくポジティブな経験」と笑顔で振り返る。「デジタル撮影の利点というものもたくさんあって、クオリティが素晴らしいのです。絵のクオリティもさることながら、映画監督としての作業が格段に簡単になっていくと感じました。映画の予算軽減に貢献するだろうという予感もあります。フィルムへの愛は自分の中にしまいこんで、デジタルという新しいテクノロジーを利用しようと思ったんです」

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