アンチヴァイラル : 映画評論・批評
2013年5月8日更新
2013年5月25日よりシネマライズほかにてロードショー
親から子への強烈な映画ウイルスの移譲
あこがれのアイドル、あるいはセレブとの究極の同化とはなにか? と考えた時、そのひとつにAが風邪をひいたら同じ風邪をひいてみたい、というのがあるかもしれない。いや、あるのだ。憧れの対象と同じ病気にかかりたい、ひどくこじれたこうしたファン、マニア心理にはリアルがある。その心理を突いて、当のアイドル、そしてセレブから採取したウイルスを培養、ファンの客に接種という形で発症させ、同化の快楽を与える医学産業を存在させたのが、このブランドン・クローネンバーグのデビュー作「アンチヴァイラル」である。このアイデア1本でストーリーを考え抜く潔さがいい。近未来SFとか考えず、現在世界へのブラックで変態的な批評と考えたほうがいい。
そういえば、どこかで似たようなウイルス移譲話を見たことが……と考えたら、そうだ、昔、ドラえもんが糸電話を使って風邪ウイルスを移すというエピソードがあったことを思い出した。あまりに健康すぎて風邪をひいてみたい男に風邪を移し、両者万々歳となった、と記憶する。
ドラえもんはいざ知らず、医学ホラー寄りのブランドンの世界がそんな<いい話>に落とし込まれるわけがない。ブランドンの父親が若き日に「ラビッド」「ヴィデオドローム」といったグロテスクな肉体変容の映画を連発したあのデビッドということを知れば、事態はただちに納得されるだろう。「ヴィデオドローム」同様の<新しい肉体>哲学を息子もマルコム・マクダウェル(「時計じかけのオレンジ」他)の台詞を通して語ったりもするのである。親から子への強烈な映画ウィルスの移譲というしかない。主人公に扮したケイレブ・ランドリー・ジョーンズの病弱なたたずまい、白を基調とした室内セットが効いている。
(滝本誠)