かぐや姫の物語のレビュー・感想・評価
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「ジ◯リ」の名前が無いと見ない
よくわからない映画でした。
内容もよくわからない。
この映画で、何をしたかったのかもよくわかりません。
これからご覧になる方は、ジ◯リの名前に、期待しすぎない方が良いです。
日本の美しさの良さ、穏やかに楽しめる映画
美しい風景描写、緩やかに流れる舞台進行と時間を感じさせず見終えることができました。唯、エンディングはもう少し工夫があっても良かった気がします。
うーん…
試写会で鑑賞しました。正直、お金を払ってまでは見たくないです。
ネタバレしてますし、良い感想ではないので、不愉快に思われる方は読まずに、他の方のレビューを読まれることをお勧めします。
映画の冒頭では、絵のタッチや、幻想的な描写にとても感動しました。そのため、どうストーリーが進んでいくのか、すごく大きな期待をもって見ていたのですが、最後の方で、「これは、やっつけ仕事ですか?」と言いたくなりました。
50億かけたようには思えません。製作にあまりに長く時間をかけ過ぎて、主題を見失って、最後は無理やりまとめてしまったのかしらという感じです。
捨丸との再会では、「え、そんなに簡単に妻子を裏切るの?」と呆然としたまま、どう決着がつくのか心配していたら、まさかの夢落ち…。
せっかく墨絵調の新鮮で素敵な描写だったのに、飛行シーンで水面にCGが使われていて、それがすべてをぶち壊しにしていたと思います。
最後のお迎えのシーンも解せません。
月=別世界っぽさを出したかったのだと思いますが、いくら別世界とはいえ、あの音楽は、日本人の感覚には合わないのではないでしょうか?
もし、外国人のようなイメージを持たせたかったのであれば、なぜ、月の世界の方々の姿をお釈迦様のような見た目にしたのでしょうか?
それに、かぐや姫は、あの方々と同じ人種とは思えない姿をしています。
かぐや姫っていったい誰?
あのお釈迦様のような方の娘なの?
どんな罪があったの?
そして、懐かしい歌を歌ってたのは誰?
もし、地上で生きたいと思ったこと自体が罪であったなら、田舎で辛い畑仕事などさせて、疲れきって後悔するように仕向けてもよかったのでは?
それをわざわざ、大変な財産を送ってよこしたり、美しい絹を送ってよこしたりして、翁をそそのかして、姫が望んでいない方向へ導かせるなんて、月の世界の人は、随分、回りくどくて意地悪な方たちなんですね。
ただ、私自身にも娘がおりますので、他の方々のレビューにあるとおり、親の浅はかさに気づかされました。親が良かれと思って子供にすることは、必ずしも子供のためにはならないのですね。
肝に命じておきたいと思います。
嫗のように、ただ穏やかに、娘のそばについていてやりたいと思いました。
この映画を見て良かったなと思ったのは、その点と、描写の新鮮さでした。
やっつけ仕事?と思わせるような終わり方でなければ、本当によかったのに、大変、残念です。
生きるために生まれる
姫は何でこの世界に来たんだろう?回りを不幸にしただけじゃん?
でも、姫を育てている時の喜びが味わえたのなら、最後にあんな結末が待っていても幸せだったのかも?命や財産を失っても手に入れたいと思う程のトキメキも大半の人間は味わうことなく生きるのだろうし、一生忘れられない子供の頃の切なく甘い思い出も今から持つことはできない。
うん、皆幸せにして貰ってる。でも、物凄く罪つくりだね…。
自分は何の為に生きてるの?私は何をしてきたの?何の為に生まれて来たの?虫は考えてない。でも生きる為に必死だ。擬態をしたり、体が切れてもそっから再生するとか、ハタから見るとそこまでして生きる価値あるの?ってちょっと思うけど…生きなきゃ駄目なんです。
生まれて来たんだから意味なんて関係ありません。虫も人間も生まれて来た事に意味なんて無いんですよ。
でも、安心してください。生きる事に必死だったら回りが色んな意味を勝手に作ってくれます。君は僕の為に生まれて来たんだ。とか、地球を救う為だとか?えー、嫌だよ!と思っても大丈夫、生まれた物は全部いつか来た場所に帰れるんだよ。
何て勝手に解釈してしまった。この映画子供を亡くされた方には凄く胸に堪える映画だと思った。でも見て欲しい。きっと救いがあると思う。そんな事もふと思った。
隣の席に4つ位の女の子がいて途中退屈して暴れまくっていたが姫が月に帰る場面で号泣し始め、明るくなっても、「姫帰っちゃった~」と号泣し続け、これ、可愛い過ぎるじゃないか!女の子は生まれた時から罪つくりだね。さあ、これからいっぱい罪つくれ!
まさかこんなに感動するとは!
正直、なめてた。
予告では、つまんなそうな映画だったのだが、本編がまさかの濃厚で、シンプルなストーリーの中にしっかりと見応えとジブリの原点が織り込まれた映画。
最近のジブリが忘れた原点回帰の作品だと思う。
まさか、泣くことになるとは。
ストーリーは詳しく書かないが、人生、楽しい思い出も、辛い思い出もすべて日常に詰まっている。辛い辛い、そんな日常の中で、やがてかぐや姫は、自分が月の住人であることを思い出してゆく。そして、月に帰らなければいけない状況を知らず知らずのうちに作ってしまう。
いざ別れの時、自分の生きたすべてが、楽しいことも辛いことも、子供の頃の思い出も、大人になって、親しい友達もそれぞれの人生を歩んで、すべてが変わってしまったことも、何もかもをひっくるめて、それが素晴らしい、そしてかけがえのないものであったことを気がつく。
しかし、月の都の羽衣をまとった瞬間、その全ての記憶がなくなってしまう残酷な定め。
かぐや姫、いや、ひとりひとりの一生をかけて感じるすべてがこの作品に詰まっている。
特に女性には理解しやすい映画かもしれない。
まとまっている=面白いではない
「かぐや姫の物語」はほとんど監督の最初意図したとおりの完成作品なのではないだろうか。絵がみごとなのはもちろん、物語の運びも無駄がないし、主人公のかぐや姫の感情や動機もはっきりと伝わってくる。いつもの彼の作品同様に、現代人への批判(本当の意味で生きているとは何かや、親の愛情と欲望の勘違い等)と自然賛歌のメッセージもしっかりと織り込まれている。
高畑監督の作品はどれも、「アニメーションとは何か」という批評性がある。宮崎監督の作品が今のジャパニメーション的なもの、「アニメ」の原点だとしたら、そういう所とあまり関係のないところで、「アニメーション」というジャンルの可能性について考えている映画監督。それが高畑監督のような気がする。
例えば「おもひでぽろぽろ」や「火垂の墓」を見ていると、アニメーションでこそ現実の風習を事細かに描くと、抽象化されて、いつまでも古くならないのだという事に気づかされる。(実写だと1945年を舞台とした戦争映画を撮ろうとしても、役者の顔やその時代の映像技術だとか、映画が撮られた時代がどうしても映りこんでしまう。)
そんなアニメーションの本質という事を常に考えている高畑監督だからこそ、漫画やアニメーションの原点にあたる日本人古来の絵巻物への興味があるのだろう。そしてその関心の延長線上に今回のかぐや姫の絵柄も存在する。
本作は彼の好きな作家、フレデリック・バックやノルシュテインらのように「絵が動く」事の面白みそのもの、つまりアニメーションの快楽の原点に挑戦している作品だとも言えるだろう。その試みも見事に成功している。
ただ、同時になんというか、そのどこをとってもな「まとまりのよさ」が「優等生」的に感じるのは私だけだろうか?
宮崎監督の作品は、特に後期の作品はかなりいびつと言ってもいい。物語の運びもキャラクター造詣も破綻がある。試行錯誤の後がそのまま残っているような作品ばかりである。でも、その中にアニメーションとしての圧倒的な魅力に溢れた「動き」や「イメージ」があり、その濃縮された「やりこみ」に狂気さえ感じてしまう。そこが誰にもまねできない。宮崎監督の映画でないと味わえないものになっている。
もっとシンプルに言えば、宮崎監督は全身全霊で命を削って作品を作っているが、高畑監督は作品に対してもっと客観的だという気がする。知性的ではあるが、それゆえ作品に「熱」を感じないのだ。
映画とは本当に「整合性」だけが大切な要素なのだろうか?そういう事を二人のジブリの監督の作風の違いから考えさせられる。
何度も見て噛み締めたくなる昔話。
「かぐや姫の物語」*ややネタバレ
地味。だからこそ素晴らしい。
生きるってなんだろう。
それを、ものすごく控えめに問いかけている。
周囲のいろいろなものに縛られて「こんなのニセモノの私だ!」「もっと自由に生きたい!」と願う気持ちは、誰もが感じることだろう。
フランクフルトに住むことになったハイジが、アルムの自然を恋しがる、あの感覚。
映像が本当にこだわり抜かれていて、動画、ではなく「2時間かけて50万枚の絵画をだぁぁ〜っと見た」感覚になる。
そして、だからこそかぐや姫が満開の桜の下で跳ね回るシーンや、唯一手書き感だけじゃない要素が入ったクライマックスのあのシーンが、ものすごく生き生きと感じられるのだと思う。まさに生きる喜び。
そんな映像を活かす音楽と効果音。そしてキャストの演技。
相変わらず安定の久石譲。ちゃんと高畑カラーの曲になっている。
俳優を使ったアニメ作品で、これまでで一番ハマったと感じたかも。
ヒロインの朝倉あきは素敵な声で、下手な声優さんよりよっぽど上手い。地井武男、宮本信子の翁媼も見事。
あくまでも原作に忠実に、極力脚色しない姿勢は分かるけど、もう少し月での出来事と、捨丸とのやりとりを描きこんでも良かったかも。
そして捨丸は独り身であって欲しかったよね…f^_^;)
たまには炭焼き小屋のお爺さんみたいな人に出会って「必ずまた春が来る。だから冬を我慢するんだ」と教えられることもある。
一緒に見に行った人は「悩みも苦しみもない月の世界の方が良いに決まってんじゃん」って言ってたけど笑
ちょっとスッキリ感に欠けるぶん、大ヒットはないかもしれない。
だけど、そもそも昔話ってつじつまあってなかったりスッキリしない部分も魅力だから、仕方ない笑
そして、77歳の語る「生きる」は、深く重く感じる。
切なくて美しい!
音楽の原点、衝かれるがごとく声に乗せて響かせる歌を通して、
人間の悲哀と笑顔の輝きを繊細に積み重ね、
うたかたの至福を命に刻んでゆく姫の姿を魅力たっぷりに形成。
そして訪れるクライマックスのなんと悲しいこと。
ワッと泣いてしまった。
日本画の中に入り込んでしまった感覚になる作画の完成度が素晴らしい。
そこから滲む生命感がスゴい。
見事な作品をありがとう高畑勲監督!
前半睡魔…
絵がすごく綺麗だった。
水墨画みたいな美ししでこれは満足。
けど、なんともお話が…。
竹取物語ってキチンと読んだ記憶なくて沢口靖子の映画でUFOが出てたのうっすら記憶にあったんですが…こんな話だったんですね。
なぜ、今、竹取ものがたり。
監督が昔できなかったから今作ったのか。チラシに姫がなぜ月から地球におとされたのか、をかつては描きたかったって言ってたけどそうした方が俺ジナルでもっと面白くなったんじゃないかな〜。
絵が綺麗すぎて余計に眠くなりました…。
大人が見る日本昔話
前回他の映画を見に行った時に無料のかぐや姫の物語DVDをもらい、何度か見た後に今日見てきました。
何と言っても映像が素晴らしかった。登場人物の表情と動きが研究され尽くしたものだと感じました。
劇場には子連れで来ている方も結構いましたが正直子供には難しいと思います…。小さい頃に本で読んだ竹取物語と内容はもちろん同じだが子供の時に本やテレビで見ていて大人になって改めて見るからこそ分かる愛情だったり感情は子供には感じ取れないかと思う。
今日見に来ていた子供たちも大人になってからもう一度見ると違った視線から感じれるのではないかと思います。
何より主題歌が心に響く。とてもいい曲で☆を追加しました^_^
いのちの記憶
これからみる方はエンディング
いのちの記憶をしっかり聴いてみて下さい
私はエンディングのいのちの記憶をきいて
涙がぽろぽろ流れてきました
いのちの記憶は映画の最終章です
その歌詞にはかぐや姫の無念のおもいが
こめられています
高畑勲監督
素晴らしい作品を本当に
ありがとうございました
意思を体感せよ!!!
芸術、アート、クリエイトにおいて、チャレンジとは何か、慣習やら経費やらを度外視し、新しいものを作りだす勇気と能力の高さの成果を見せつけられる。
もはやストーリーとかのいっときの話ではない。
モノ作りを目指す人達は創造とは何か、この強靭な意思を見にいけ!体感せよ!
号泣しました
高畑勲監督の映画を見るのは
初めてでした。
予告編から、
とてもきれいな絵を書く人だなと
感じてはいたものの、
やはり宮崎駿には及ばないんじゃ
と、心で思っていました。
見終わった感想
話の前半から号泣してしまいました。
自分でもよくわからないんですが(笑)
絵もきれい、構成もきれい
話の流れもわかりやすく、
二時間20分なんてあっとゆう間でした。
個人的には、
翁とかぐや姫のすれ違いや
帝の態度などが
すごく人間だなあと感じました。
大事な人のためにすること
生きたいがためにしたいこと
自分のためにすること
高畑監督の考えは
難しいけどわかりやすかったです。
かぐや姫という
ジブリ史上絶世の美女とうたわれる
人間味あふれる一人の女の子の生き様を
昔話から飛び出しみれた気がします。
もう一度みたいです。
活き活きと描かれたかぐや姫
本来の竹取物語は第三者の視点で書かれていますが、この映画はタイトルの通りかぐや姫の視点で描かれています。
おじいさんとおばあさんに囲まれ愛され、すくすくと育っていくかぐや姫。
成長と共に自我が芽生え、他の子供たちと同じように笑い、悩み、時には涙して。
登場人物は皆、非常に人間くさく、自然と感情移入することができました。
パワーをもらえるいい映画であると思います。
内容は基本的に竹取物語を沿って作られています。
ほっこりと和む場面もあれば、涙してしまう場面もありました。
淡々と始まり、そろそろ流れに飽きてきてしまう一歩手前で猛烈に盛り上げており、観客に飽きさせない演出力はさすがだと言わずにはいられません。
ジブリといえば宮崎駿さんですが、やはり監督が変われば映像も演出も変わるもの。
ジブリだから、というよりは一つの映画として頭を空っぽにしていったほうが楽しめるかと思います。
あえて余白を残した画面や色数の少なさは淡白のように思えましたが、実際見終わったあとではとてもいい選択肢だと言えます。
動きに合わせてさらさらと動く筆の線は見ていて面白く、描きすぎない表現が想像をさそい、古きよき日本を感じました。
たしかに、小さいお子様には少し難しい内容かもしれません。
複雑な人の心を描いているからです。
試写会でこの映画を拝見しましたが、やはりジブリ、お子様の姿が目立ちました。
終わって会場を眺めてみると涙している子を多々みかけました。
たとえ完全に理解できずとも、何か受け取るものはあるのかもしれませんね。
地井さんをはじめ、声を担当された俳優の皆さん方の尊い努力に対して1点、映画としての点はゼロ
私は、高畑監督の「母をたずねて三千里」や「アルプスの少女ハイジ」を学校の休みのシーズンには、親にオネダリして、よく映画館へ連れて行って貰った世代である。
それなので、子供時代は高畑監督作品の映画には大変お世話になった訳である。
今の子供達もきっと、アニメ映画を映画館で観たいと親にオネダリするのは同じだろう?
しかし、この映画は、そんな子供の期待に応える事が出来る作品だろうか?
私は、きっと子供にはいささか無理な作品だと思うのだ。
音楽はとても綺麗で、歌声も良いし、アニメの動画自体もとても綺麗で、画的には楽しめるのだ。
されど、2時間17分と言うこんなに長尺映画では、とても子供は集中力が続かないのではあるまいか?
更に、言うならば、太古の昔から、親が子供へと大切に語り継いで来た民話とも言える我が国の大切な無形文化である「竹取物語」。
誰も、語り聴き親しんできた、かぐや姫のお話を、かぐや姫の犯した罪と罰として描くなど、何と大胆な試みをされたのだろう?と驚き、注意深く本作を観てみる。
しかし、何の事も無い、かぐや姫の捨丸への淡い恋心が描かれる事が無ければ、後はどれもこれも、昔の「竹取物語」と変わりはしない。
これでは、誇大広告で有ると同時に、我が国の大切な古くから語られている、伝承文化の価値を汚すようなキャッチコピーは、どのような解釈をすれば良いのだろうか?
何故、高畑監督が、数十年間の長きに渡り、この作品を制作したいと願っていたのか理解に苦しむばかりであった。
この夏超大ヒットした「風たちぬ」もそうだが、スタジオジブリに対して個人的な敵意や恨みは無いけれども、スタジオジブリでは、何故2作品も続けて自国の文化や慣習を否定するような作品を制作し続けるのか、その意図が理解出来ない。
アニメ映画は、今では我が国の一つの大切な文化産業であり、未来を生きる我が国の大切な宝である子供たちが映画を観て、未来に希望と夢を持つ事が出来る大切なツールの一つが、日本のアニメ映画であるはずなのに、何だか残念だ。
昔話や、民話や神話には、色々な社会風刺や、人として有るべき理想の姿などの、大切な道徳文化を、自然な形で子供達に伝えて行く大切な文化なのだから、わざわざ否定する事でもあるまい。
こう言う口伝の物語の数々は、我が国ばかりではなく、世界至る処に有り、それぞれの国々が、みんな自国の文化を大切に護り受け継いでいる民衆文化である。
「かぐや姫」を映画にするのなら、是非60分から80分程度の尺で、もっともっと幼児や子供達が観ても楽しめる作品にして欲しいものだ。
難しい理屈は別の作品で描いて欲しいものだ。
現代編とか古典の大胆な解釈とか
勝手に期待をしている人は居ませんか?
それは、私です。(でした)
予告編を作ったのは、これも、鈴木Pなんでしょうか?
宮崎監督は、風立ちぬのキャッチコピー『生きねば』に対して
「俺、こんな事言ってないし、映画の中でも言ってない。それが、映画のタイトルより大きくクレジットされているのはどうなんだ(笑」
と言っていました。
本作品でも、『姫の犯した罪と罰』と言うのも、「言う程の罪と罰が、姫にあるの?」と言う感じでした。
大仰過ぎて、ミスリードし過ぎです。
かぐや姫役の方の演技も、そんなに嘆かなくても… と言うシーンでオーバーアクト気味に思い切り嘆くものだから
「この流れで、そんなに悲しむ展開になるの?」と違和感を感じずにはいられませんでした。
予告に使われている、かぐや姫の疾走シーンも夢か現実か判らない(たぶん夢)場面ですし、果たして効果的なのかどうなのか判りません。
文句しか書いてませんが、オカメ顔の世話役の女性だけは救いでした。
彼女がスクリーンに映っていると「どうにかならんのかこの映画」と言う感覚が、その時だけ無くなりましたから。
高畑勲、極めて優秀な方なのは、経歴で判るのですが、『山田くん』の監督だしなぁ。
そして、おそらく最後の作品になるであろう『かぐや姫の物語』。
死に水を取る気で観に行かれては如何でしょうか?
試写会で貰ったチラシに書いていましたが、この作品は、高畑監督が55年前に書かれたプロットで
かぐや姫が地上に落とされた理由との事ですが、この作品には、その前段がありません。
つまり、普通に観ると、私たちの知っている『竹取物語』をそんなに脚色もせずにオーソドックスに表現するだけです。
55年前の若かりし頃の企画が蘇ったワケですが
「そりゃボツになるだろ」
と言うのが素直な感想です。(絵も50年前の東映動画の絵に近いです)
星は、一つで良い感じがしますが、仕事とは言えスタッフがあまりにも気の毒なので二つです。
おつかれさまでした。
宮崎駿への挑戦状
この映画は高畑勲が宮崎駿へ宛てた挑戦状であり同時に感謝状でもある。
東映動画時代から日本アニメーションを引っ張ってきた2人の関係性を考えると実に刺激的な映画であった。
ホルス、ハイジ、マルコ、アン、ナウシカ、ラピュタ、ホタル、トトロ、おもひで、もののけ、山田くん、千尋、ポニョ・・・
まさに日本アニメーションの走馬灯を見るようである。
しかし、高畑勲は過去への追憶だけでは終わらない。
演出とはこうあるべきという信念を貫き、かぐや姫の生き様に新たなアニメーションへの可能性を託している。
日本アニメーションにとって宮崎駿が太陽だったなら高畑勲は月であったのかもしれない。
しかし月には月にしかない美しさというものがある。
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