凶悪 : 特集
巨匠監督の愛弟子が戦慄のベストセラー・ノンフィクションを映画化!
白石和彌監督の証言と地方から寄せられたメッセージによって浮き彫りになる、
師匠・若松孝二が作った“道”──
死刑囚からの告発に突き動かされた記者が、闇に葬られようとしていた凶悪な殺人事件を暴く──故・若松孝二監督に師事した白石和彌監督が、戦慄のベストセラー・ノンフィクションの映画化に挑んだ。長編第2作「凶悪」(9月21日公開)は、山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキーら個性的なキャストが、研ぎ澄まされた緊張感の中で躍動する極限のドラマ。白石監督の証言と地方から寄せられたメッセージを基に、若松監督が歩んできた、そして白石監督が進もうとする“道”に迫る。
■愛弟子にも継承される「映画とは弱者の視点で描かれるべき」という若松の信念
白石は21歳の頃から若松プロダクションで働き始めた。当初の約2年間は電話番、昼間は監督とふたりでテレビのワイドショーを見ていた。「こういう事を言うようなヤツはダメなんだ」と、テレビに向かって文句を吐く若松から、時にハッとする、人とは違う視点の発言が飛び出したのが印象に残る。そんな師匠の視点は、「凶悪」にも継承されている。
「若松監督の視点はいつも“弱者の視点”。僕も映画は弱者の視点から描かないとダメだと思う。金持ちが成功するような話じゃ映画はダメ。『凶悪』でも、“先生”と呼ばれる木村やヤクザの須藤は、暴力という力こそ持ってはいますが、社会の中では居場所がなくはじき出された弱者。記者の藤井は一流企業で高給をもらう人物ですが、そんな彼を木村や須藤と同じ場所に落としたかった。『映画や社会、人を見る時は弱者の視点で』という若松監督の考え方に共感しています」
■「凶悪」クランクイン直前に白石監督に届いた、突然の師匠の訃報
若松の衰えぬ創作意欲が途切れる。それは突然の訃報だった。白石は、「昨年、若松プロの恒例行事で神宮の花火を見た際、『凶悪』の製作が11月から始まるとお伝えしたんです。『絶対に映画を見るからな』と言ってくれたのですが、クランクイン前に訃報が届きました。撮影では、老人を殺してしまうシーンもあり、精神的には本当に苦しかった」と振り返る。
■重なり合う若松孝二と白石和彌の軌跡。その先にある「映画を届ける」ということ
70歳を過ぎて精力的に全国を駆け回った若松監督の姿を、白石は目の当たりにすることはできなかったが、地方劇場では沢山の思い出を耳にした。「舞台挨拶の準備をしていると『パンフレットの位置が違う』って指導し始めたり。フィルムを手持ちで劇場に持ち込み、開口一番『お前ら、数字ごまかすなよ』ってどう喝したり。立場、逆ですよね?」と笑う。
広島の新聞記者は、「ちょうどあなたが座っているその席に、若松監督が座っていたんですよ」。他にも「お弟子さんの作品だから、応援したい」、「監督亡きあと、白石さんには頑張って欲しい」と言葉をかけられた。「今も若松監督にすごく応援されている気がします」と白石は語る。
「残された遺産が僕にはある、若松監督が道を作ってくれていたんだと実感しています。地方キャンペーンは、思いもよらない若松監督の側面をたどる旅になり、大きな収穫であり感動でした。助監督の時は『映画を作る』ことに一生懸命でしたが、『映画を届ける』興行や宣伝がどういう事なのか、今改めて若松監督に教えてもらった」と、若松の軌跡に自分を重ねる。
もし若松監督が「凶悪」を見てくれたとしたら?という問いに、「『まだまだだな』って言われるかな」と笑う。「僕はこれからも単純に面白い映画を撮りたい。そのために人を掘り下げていけば、自然と社会を描くことになる。ストイックな作品を撮り続けたいけれど、個人の力だけでは難しい。だから業界全体でヒットを出して行かないと……」と、日本映画と監督としてのこれからを結んだ。