凶悪 : 映画評論・批評
2013年9月17日更新
2013年9月21日より新宿ピカデリーほかにてロードショー
本職の俳優ではない二人の、微妙にして力強い演技
ある日、雑誌記者の元へ、拘置所の死刑囚から手紙が届く。自分にはまだ誰にも言っていない余罪の殺人事件がある。ついてはこれを告白するので、記事にして、自分の共犯者を告発してほしい……この嘘のような話は実話である。実際に死刑囚である元ヤクザ組長は新潮社の社員に手紙を書き、〈新潮45〉に載ったレポートのおかげで3件の殺人があかるみに出て、不動産ブローカーの男が殺人罪で逮捕された。ヤクザの組長は不動産ブローカーを「先生」と呼び、親しく付き合っていたのだという。
「凶悪」は現実に起きた事件に基づき、赤裸々で無情な世界のありさまをつきつける。それゆえにこの映画は観客の心をとらえて離さないのだろうか。それはイエスでもありノーでもある。たしかに「凶悪」で描かれている地方の荒廃は、どうしようもなく冷たく恐ろしい現実の露呈だ。加害者も被害者も、みなが資本主義の論理でバラバラにされてしまった世界の住人である。「先生」は金のために次々と殺人をたくらみ、被害者さえもその論理にはあらがえないのである。
そしてまた「凶悪」の主役である二人の殺人犯を演じるのはピエール瀧とリリー・フランキー、共に本職の俳優ではない。だが、二人がこの映画で見せる演技は「素人ゆえの迫力」などという言葉で語れるレベルではない。ときに静かに語りかけ、ときに凶暴性あらわに暴れる瀧。相手に媚びるように暴力を楽しむリリー。二人の微妙にして力強い演技の前には、若手演技派ナンバーワンと言われる山田孝之も顔色ない。「凶悪」はまず何よりも俳優の映画なのだ。
(柳下毅一郎)
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