劇場公開日 2013年1月19日

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東ベルリンから来た女 : 映画評論・批評

2013年1月22日更新

2013年1月19日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー

美しい女医の苦い自立を真摯に見つめた女性映画の秀作

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善き人のためのソナタ」によって、東ドイツの秘密警察シュタージの名状しがたい恐怖の実態が初めて露わになった。この映画も、一見、シュタージがもたらす相互監視のシステムの不気味さをバルト海沿岸の田舎町に左遷された女医バルバラのひと夏の遍歴を介してあぶり出す趣向である。

当初、猜疑心に凝り固まったバルバラは、病院でも連帯を拒んで孤立を選ぶが、好意を寄せる上司アンドレ、無防備なまでの愛を渇望する強制収容施設から逃亡した少女ステラとの出会いによって、彼女の頑なな心情が微妙な変容を遂げていく。

バルバラに扮した若き日のイングリッド・チューリンを思わせるニーナ・ホスの知的で毅然たる表情と佇まいがすばらしい。彼女がさんざめく陽光の中を自転車で走りぬけるシーンが印象的だが、クリスティアン・ペッツォルト監督は明らかにフランソワ・トリュフォーの「あこがれ」や「突然炎のごとく」でヒロインたちが自転車で滑走する場面のめくるめく官能性を意識しているはずだ。

鬱蒼たる森の中での西側に住む恋人との慌ただしい束の間の逢瀬、定期検診のごとくシュタージによって身体の隅々まで精査される屈辱、バルバラは、快と不快とのはざまで絶えず引き裂かれ、身悶えるほかない。やがて、自分の未来は永劫に閉ざされているのではという漠たる不安に駆られ、彼女は西側への恋人との遁走、あるいは医師としてのモラルと矜持という究極の選択を迫られる。

本作は、遍在するシュタージの恐怖という表向きの主題をからめながらも、ひとりの寡黙で魅力的なヒロインの苦い自立を真摯に見つめた女性映画の秀作である。

高崎俊夫

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