「歴史を変える事の重過ぎる代償」リンカーン 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
歴史を変える事の重過ぎる代償
スピルバーグが長年温めていた企画が遂に実現。
南北戦争末期、奴隷制廃止を法として制定させようと苦心する
リンカーン大統領と、それを取り巻く人々の1ヶ月間を描く。
映画冒頭でスピルバーグ本人が物語の背景を紹介してくれるが、政治に疎い人間には話がチョイと難しいかな。
それでも、かなり面白い。
奴隷制廃止を謳う“修正第13条”を議会で通過させる為に、
説得・買収・脅迫とあの手この手の政治工作が繰り広げられる。
正義だけでは勝てない。正義を為すために、腹の底まで泥にまみれる……
政治はシンドイね。
ダニエル・デイ・ルイスが物凄い演技で魅せる。
本人とそっくりかどうかは誰にも分からないけど、
上映中、僕はこれが役者の演技である事をしばしば失念していた。
『見事に演じられたキャラクター』ではなく、血肉の通った人間がスクリーンの奥に居るように思えた。
トミー・リー・ジョーンズも強面の活きる良い役。
なぜ彼はあそこまで奴隷制を憎悪したのか……その理由が判明するシーンに目が潤む。
黒人でも白人でも痛みを感じ、哀しみを覚え、
憎み愛する生き物であるという点で、何の変わりもない。
彼とリンカーンはそれを知っていた。
奴隷制廃止を決する投票シーンは、結果は分かっていてもスリリングだった。eigafreakさんも書かれていたが、
歴史の動く瞬間を目にしているような、厳粛な緊迫感と感動に溢れていた。
だが、その代償は?
嘘を吐き、信頼する人々をも裏切り、独裁者の如く権力を振るい、愛する家族さえ傷付ける。
数十万もの命を奪った戦争の終結を先伸ばしにした事実も変えられない。
それが人類の尊厳を守る為だ、後に生まれてくる何百万人の為だと固く信じていたとしても、
あののんびりと優しい物腰の男は、それを為すのにどれほどの恨みを買い、
そしてどれほどの呵責を感じた事だろう?
それはどんなに苦しかったろう?
恨みを買って暗殺されたリンカーン。
暗殺後のシーンで僕は、紙に黒インクで印刷された歴史上の偉人ではなく、
親しい人を亡くしてしまったような、自分の中の何かが欠けてしまったような、そんな感慨に襲われた。
家族を愛する事、人間を愛する事に苦しみ抜いたひとりの男の死を悼んだ。
弱い人間、欠点のある人間でも歴史は動かせる。
歴史を動かすのに必要なのは、揺るがぬ意志。
そう教わった気がする。
〈2013/4/20鑑賞〉