共喰いのレビュー・感想・評価
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青山真治の神話
私はこの物語を現実的な物語として味わわなかった。リアルではなく神話の登場人物のように、それぞれのエッセンスを味わうと、もう、唸るしかない。
仁子、琴子、千種のそれぞれの多重的で自立した豊かな人間性に対して、円は精神的にも肉体的にもあまりにもみすぼらしい。
女を欲望のはけ口としてしか見ない粗暴な性癖の円は、女を殴らなければ男になれない。琴子から抜き出した鰻のようなペニスが、脆弱な男性性とみすぼらしい肉体を十全に強調していた。
そして全てを目撃している遠馬。鰻釣りの成功と、琴子の妊娠がトリガーになり、ついに父と同じ性癖が発動しかける。この辺の演出が秀逸。
遠馬に首を絞めかけられた千種は、当然遠馬を拒絶するようになる。
そんな強くて正しい千種が、父に犯されたとなれば、〝父殺し〟は遠馬の使命のはずだ。ところが、全てに落とし前を付けたのは遠馬ではなく、母の凄みだった。
そろそろ用済みになった仁子の義手は、かつての二人の性関係の象徴。片手のない自分を女として扱った男への愛と憎しみ。
仁子のお決まり文句「あの男の血を継ぐのはアンタひとりでよか」という残酷なセリフも、裏返せば、「女の悦びの中でできた私の一粒種」というふうにも思えてくる。有り得ないようだが、消え入りそうなわずかな感覚の糸を捕らまえながら語るのは田中裕子の十八番。
で、終盤。最古の血縁家族、天皇家を持ってきた。天皇には出て行く場所が無い。日本全体を覆う家族の呪縛感に気が滅入るわけだか、意外なことにラストは明るかった。
昭和の神話の主人公ならどこか新天地を目指して旅立つだろうが、平成の遠馬はこの地に居続ける。そして自らの手を縛り上げ、千種と二人で新たな快楽の世界を作り上げるのだ。あっけらかんとした楽観的なラストに新しい時代を見た。
文学という難問
芥川賞の小説を映画化した作品のようだ。
エンドロールの最後に「in memory of my mother」とあるので、作家自身が見た母の記憶がベースだと思われる。
それが昭和という時代の終わりであり、暴力の終わりと性というものがどこか汚いものだと思われた時代の終わりを、この作品に託すようにしているのかもしれない。
女性に手を挙げる男は今でも一定数いると思われるが、少なくともそれが日常ではなく、また家族の間でも暴力は犯罪として認知されるようになった。
女を渡り歩くことが「男の甲斐性」などと言われた時代でも、女たちは我慢するしかなかったのだろう。
仁子の後悔は、夫を刺し殺そうと思ってできなかった事だった。代わりにしたのが第二子を中絶したことだった。
主人公のトウマは、そんな話を別居して魚屋を営む母から度々聞かされていた。
高校生のトウマは性の目覚めと同時に父という暴力的人物を重ねないわけにはいかず、その父の子だということに汚い血の流れのようなものを感じている。
この汚いという概念もこの作品のテーマの一つだと思われる。汚い精液 ごみが散乱する川 その中で生活する魚介も汚い
だからウナギを釣っても食べるのは父だけ。うなぎの肝をうまそうに食べる。
トウマも父が1年前に自宅に連れ込んだ琴子も、ウナギを食べようとしない。
トウマにとってウナギは性器に見える。二重に汚いもの。
でも性欲は止められない。社の倉庫に千草を連れ込むのが日常化している。
トウマの性欲と父の息子という認識は、父と同じ暴力へと向かう。この二つはひとつとなりトウマを苦しめる。
特に母が二人目を中絶したことを想像すると、トウマはどうしても自分が汚いものだと思ってしまう。
決定的だったのが父による千草へのレイプだった。
「社で待っているから」と言った千草を無視したこと、父にベランダの女とヤッたことと彼女に暴力を振るったこと、そしてそれを父が「よし」と認めたことに腹の虫がおさまらなくなったことで思わず「琴子さんはもう帰ってこない」と口走ったことで雨の中を飛び出した父が社の前で千草を見たことで起きた事件だった。
そのすべてはトウマに原因があった。
傷ついた千草を抱えるようにして魚屋に行くと、母はすべてを察知し包丁を持って出ていった。
母は、自身の後悔がこの事件を起こしたと認識したのだ。
しかし、父は生きながらえた。
刑務所の面会を終えたトウマは琴子を訪ねた。
琴子は性に目覚めたトウマを知っていた。
「したかったから来たんでしょ」
琴子はそう言ったが、実際トウマは生まれてくる父の子を殺しに来たと思われる。それほど父が憎かったのだ。自分が成すべきことを母が代わりにしたことで刑務所送りになったことの責任を取ろうとしたのだ。
幸い生まれてくる子は全然別の男との子供だった。彼女は暴力が怖かったから妊娠したのだ。誰の子でもよかったのだろう。
魚屋の自宅に戻ると、千草が仕事をしていた。
トウマはどうしても性欲と父とを切りはなせない。したいのと同時に首を絞めたくなる衝動に駆られる。
千草は「その手は私に暴力をふるうためにあるの? 優しくするためにあるんじゃないの?」
そう言ってトウマの両手を縛りSexをする。
女性が男を縛り上げる。
昭和が終わり新しい時代が来たのだ。
二人はそうして生きていくのだろう。
新しい時代は、女性が男性を矯正する世の中になるのかもしれないと、作家は考えたのだろう。
2013年の作品 よくまとまっていて面白いが、タイトルを「共喰い」としたのはなぜだろう?
実際にウナギも共喰いし、千草も琴子もベランダの女もそうだった。
それは時代を表しているのか、それともウナギも人間も同じだと言いたいのか?
インパクトのあるタイトルにしたかったのか、またはウナギと父を括りたかったのだろうか?
そこだけが理解できなかった。
この話の鍵は昭和64年が直ぐに終わってしまった事。
物理的な男性は死んだ後に土左衛門になると、うつ伏せになる。仰向けになるのは女性。
我が亡き母は、自分がガキの頃つまり、日米戦争の頃、利根川を流れてくる土左衛門を何度も見そうだ。最初は怖かったが、何度も流れてくるので、友人と葦の穂で土左衛門を突いたそうで、プシューと腹の中のガスが抜けると、この世とは思えぬ臭いの渦が漂ったそうである。
そんな話を母がすると、羽田沖にも沢山の土左衛門が散在したと親父は言っていた。まるで母の話に張り合う様に。親父は付け加えて「羽田沖の土左衛門の周りにはシャコだらけだった」と話した。すると、「母は利根川は鰻だらけだよ」と張り合った。
親父は性癖に関係なく誰にでも暴力をふるった。それでも、子供の僕だけには手を上げなかった。親父が半身不随になってから、その理由を聞くと親父は「お前が怖かった」と曰わった。
お腹の子供が誰の子なのか?それが分かれば原作と違う面白さがあると思うが、残念ながらが、原作は読んでいない。
あの人が始めた戦争と言うが、それは違う。そう結論づけるのは本当の戦犯を見過ごしている。若しくは、アイロニーでそう言っているのだろうか。
再見(2023/10/26)★★★☆☆⇒★★★★☆
バカポンパパ
母さん、なんで僕を生んだのですか? あの男の血をひく僕を――。
変態父さんと普通な息子
いい意味で昭和臭い映画。雰囲気は好き。
ただ期待していたよりは内容はマイルド。
父親はもっとヒドイかと思ってました。
でもここまで性欲に無差別なのも充分ヒドイのだが。
暴力が前面に出てるかと思ったら、ど変態なだけでした。
息子はもっと童貞感満載かと思ってました。
彼女との営みに満足してないが故の苦悩と、
思春期男子特有の無尽蔵の性欲からの無差別性欲の所為で、
悶々としている半リア充な高校生でした。
息子の性欲は普通(か?)かもしれないが、
それが発端になった父親への憤りは、父親の変態のなせる技。
こんな父親は見た事無いし、
思春期の行き場の無い性欲を下水に流すしかなかった自分には、
全く共感は無い内容でした。逆に共感できる人が羨ましいくらい。
異次元のゲテモノを見る感覚でしたが、
そこまでゲテモノでも無い。
一番の異次元生物は、この中の実の母親かもしれない。
田中裕子はそのくらい異次元でした。
かなり良かったなあ。 まず見やすい。 いい意味で昭和っぽさを感じる...
かなり良かったなあ。
まず見やすい。
いい意味で昭和っぽさを感じる。
BGMでごまかしたり無理に雰囲気作ったりもしていない。
菅田も初々しさがあって、それが役とよく合ってると思うし。
親子だから性癖が似たというか、意識しすぎて逆にそうなってしまってる感じもある。
そうした方がいいのかなとか、父みたいには絶対にならないと思う反面、父のようにしたらどうなってしまうんだろうという恐怖や好奇心もあったんじゃないかと。
結局やっぱり血は争えず。
母が父を捜しに行ったけど、どうせ返り討ちにあうかやれずに終わりだろうと思ってたらまさかのすんなり。
気持ちはスッとしたけど本当にやってしまってその後の展開がどうなるのか想像できなかった。
母は父を見捨てたけど千草は菅田を見捨てず多少強引なやり方で解決し、それはそれで良かったと思う。
住んでる田舎の風景も良い風景だったな。
面白かった。
【青山真治監督×荒井晴彦脚本のダーク極まりない世界観が衝撃的。菅田将暉の衝撃の本格デビュー作でもある。】
全編、濃密な血と暴力の物語である。
セックスの時に女を殴る性癖がある父、円(光石研:圧倒的な演技に驚く・・。)を持つ17歳の遠馬(菅田将暉)。
生みの母、仁子(田中裕子)は川を隔てた魚屋で独り暮らし(左腕の手首から先がないため)、”特殊な義手”を装着して、魚を捌く・・。
淀んだ川で、鰻を釣る遠馬。それを貪り食う円。
ー 母さん、なんで僕を生んだのですか?あの男の血をひく僕を ー。
遠馬も恋人千種(木下美咲)と交わる。父と同じように性に耽溺する自分を嘆く・・。
円は、その狂暴性から同居していた恋人琴子(篠原友希子:体当たり演技:円との情交シーンはちょっと凄すぎる・・)に逃げられて・・。
<この作品の余りのダークな雰囲気に呑まれて、菅田さんの現在の快進撃までは当時、想像できなかった作品。>
<2014年2月16日 劇場にて鑑賞>
気分が悪い映画
円死ねばいいのに、と思ったら死んだ。憎しみが大きすぎてそこがピークになってしまって、仁子の刑務所での言葉には「え、そこ?」と思ってしまったし、千種の最後の言葉も別に刺さらなかった。
琴子が語った、「妹でも弟でもない、あなたのお父さんの子供ではない」からの「仁子から『子供がいたら殴られない』と聞いていたから」の流れで、殴られたくないから子供ができたと嘘をついたのかと思ったけどそういうことでもなく、勝手にがっかりしたりもした。
ただ唯一、その直後、しようとしているさなかの琴子の無邪気な「あ!子供が動いた」には狂気を感じゾクっとしたけど。
円が千種にまで手を出す辺り本当に気分が悪かったけど、琴子への欲情を抑えきれない遠馬も似たようなもので、結局父親も息子もやりたいだけじゃないか、という感想。
惹きつけられる
欲望まみれの最低な話
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