劇場公開日 2012年11月23日

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人生の特等席 : インタビュー

2012年11月9日更新
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イーストウッドの愛弟子ロバート・ロレンツが、後継者として歩む道

クリント・イーストウッドの製作会社マルパソ・プロダクションでプロデューサーとして二人三脚で映画製作を続けてきたロバート・ロレンツが、「人生の特等席」でついに監督デビューを果たした。しかも主演は、偉大なる師匠イーストウッド。喜びと重圧が一挙に押し寄せるような状況にも、撮影現場では常に楽しむことを心がけたという。師の下で培った手腕を存分に発揮し、父娘のきずなを軸とした濃密な人間ドラマをつむぎ出した。(取材・文/鈴木元)

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ロレンツは1989年に映画界入り。95年、「マディソン郡の橋」の助監督として初めてイーストウッドの下につき、以降、アカデミー賞で主要4部門を制覇した「ミリオンダラー・ベイビー」(2004)の製作総指揮など、ほとんどの作品を製作面で支えてきた。そして、念願かなっての初メガホン。普通は苦節何年となるのだろうが、46歳の新人監督はそんな言葉とは縁遠い晴れやかな笑顔を見せる。

「もう少し早く監督をしたかったという気持ちはあって、準備もできていた。ただ、クリントが『一緒にやろう』と声をかけてくれる企画、一緒に仕事ができる人たちが素晴らしすぎて、とてもじゃないがパスすることなんてできなかった。しかも、企画は続々とあったので、時間がなかったのが一番大きい。でも、監督ができないのなら、とにかく企画からたくさんのことを学ぼうという姿勢でやってきた」

「人生の特等席」も、もともとはイーストウッドの監督・主演作として持ち込まれた企画。ロレンツは当初、脚本をベースにストーリー開発を行っていたが徐々に愛着がわき、その熱い思いをイーストウッドに進言。そこで「君が(監督を)やった方がいい」と指名を受けたそうだ。

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「とにかく父と娘、そして娘に思いを寄せるジョニーの関係が読んでいて楽しかった。すごく人間的な感情に満ちているし、これなら俳優も面白いと思ってくれるはずだし、楽しい作品になるんじゃないかと思った。そして、ようやく監督をする機会に恵まれたんだ」

米大リーグ、アトランタ・ブレーブスのスカウトとして数多くの名選手を見いだしてきたガス。だが、視力の低下などの老いに直面し、球団も世代交代をもくろんでいた。ガスは自信と誇りを懸けて、ドラフト直前に最後のスカウトの旅を決意。それを手伝ったのは、心の溝が埋められず長い間別々に暮らす一人娘のミッキーだった。重要なカギを握るヒロインには、エイミー・アダムスを抜てきした。

「間違いなく、クリントとの相性は考えた。僕がエイミーの大ファンだったということもあるけれど、彼女はどんな役にもなりきれてしかもそれを(観客に)信じさせることができる。今回で言えば、ちょっとアスリートのようであったり、野球に詳しいとか、見ていて『ああ、そうだな』と思えるんだ。性格的にも肉体的にもクリントの娘であるというのも大きなポイントだった」

父娘の媒介となるジョニーには、ジャスティン・ティンバーレイクを起用。理想的な3人のキャスティングによって、演出にもいい意味で力が入ったようで、「すべてのシーンが予想以上」と満足げに振り返る。

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「これだけの俳優が集まると、まさに生命感が吹き込まれた感じ。クリントが墓地でたたずむシーンは、脚本ではユーモラスに書かれていたのに、シリアスで素晴らしいものになったので見ていてワクワクした。エイミーとジャスティンも、ジャスティンがアドリブを加えてキャラクターをチャーミングにして、対するエイミーもしっかりリアクションができるので生き生きとしたシーンになった」

だが、初監督作の主演が師と仰ぐ名優というのは、最高の栄誉であると同時に試験を受けるような重圧ものしかかるはず。いったいどのような気持ちで臨んだのだろうか。

「監督と俳優という関係で、クリントを演出することは大変ではなかった。ただ、彼は非常に長いキャリアがあり多くの称賛も受けている。あのクリント・イーストウッドなんだ、ということは常に脳裏の片隅に追いやっていた。それを考えてしまうと、怖気づいちゃうから(笑)。でも、2人とも映画作りが大好きで、楽しい雰囲気であることを求めるタイプ。だから現場はすごく居心地が良かったよ」

それにしても、イーストウッドのなんと意気軒高なことか。酒場でミッキーに絡んだ酔っ払いの胸倉をつかんで壁際に押しやり、ビールびんを割ってのど元に突きつける一連の動きは、とても82歳のものではない。だが、やはり高齢のため気を使う部分も多かったはずだ。

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「例えば『目撃』(1997年)のときに、洋館の最上階からロープで壁をつたって降りるアクションがあったけれど、あの当時で67歳。自分もその年になって、この動きができればと感嘆したのを覚えている。もちろん、一緒に仕事をし始めたときよりは年を重ねているから、気を使うところは多少あるけれど、同じ82歳の人と比べれば最高の健康状態だと思うよ」

「観客が何を魅力的に感じるかを把握する本能を持っている」と評する俳優イーストウッドへの、全幅の信頼がうかがえる発言だ。それだけに、作品が完成したときの感慨も相当なものだったのだろう。ただし、師匠からはなかなかお褒めの言葉はもらえなかったという。

「素晴らしい俳優陣に恵まれ、スタジオもフルにサポートしてくれた。そういう作品をもう作る機会はこの先ないかもしれないという恐れと、本当に素晴らしい体験だったという感動があった。クリントはそんなに簡単に人のことを褒めてはくれない。間接的には聞いていたけれど、最終的に本人が『良かった』と言ってくれたので、本当にうれしかったなあ」

師匠のお墨付きをもらい、自信を深めた様子。既に監督第2作として「ダークな犯罪もの」の準備を進めているという。イメージとして、イーストウッドの初監督作「恐怖のメロディ」のような趣かと勝手に想像し期待が膨らむ。愛弟子は、着実に後継者としての道を歩んでいる。

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