春の目ざめ(1947)

劇場公開日:

解説

「戦争と平和」の八住利雄と、「四つの恋の物語(1947)」第二話「別れも愉し」の成瀬巳喜男が共同で脚本を書き、演出は成瀬巳喜男、撮影は新人中尾駿一郎が起用された。主役の少女達にも、久我美子、木島美久子、國井綾子らのニューフェイスが選ばれた。

1947年製作/90分/日本
配給:東宝
劇場公開日:1947年11月25日

ストーリー

なべてのつぼみ 花とひらく いと麗はしき 五月の頃 恋はひらきぬ わがこころに 少女らしい感傷的な調子で、ハイネの詩集を手にする年頃ともなれば、例え詩の意味は判らなくても、極く自然に、何かを求め、思い煩う。久美子も花恵も京子も、そして明子も、そういう時期にさしかかった、同じ女学校の三年生であった。皆仲良し。だが明子にはすでに恋人があった。あとの三人も、何とハッキリは言えないが、ムッチリ膨らみかかった胸の中に、対象を求める意志のようなものが、もやもやとうずいている。だから花恵の家に久美子と京子が遊びに行った時、高等学校の生徒である花恵の兄国男や、その友達浩司、伸吉等と会って以来、丁度三人と三人が、どちらからともなく引きつけられて行くのだった。これは初恋というものだろうか。とにかく全く自然に起る春の目ざめと言わねばなるまい。淡く消え去るかも知れないし、熱烈の恋愛に発展するかも知れない。広部家の女中とみ枝の場合でも同じ事だったのだ。だが親達にすればやはり心配なのである。男が出来た、というのでとみ枝は解雇された。年頃の久美子に対する影響を恐れて。しかし久美子には親達のやり方が不可解であり、不満でもあった。そんな時に一つの事件が起きた。同級生の明子が妊娠したというのである。赤チャンが出来るというのはどんなことなのか。どうして出来る? 少女達の大きな疑問であった。同時に彼女等の恋人達にとっても問題であろう。理解ある親達は、子供達を驚かせず、また不自然な興味を起させないように、静かに教えなければならないのである。そして目ざめたばかりの春の息吹を、美しく健やかに育てて行くであろう。

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スタッフ・キャスト

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映画レビュー

3.5無垢でいられなくなるとき。

2023年8月1日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

1947年。成瀬巳喜男監督。高等女学校に通う主人公は厳しめの両親のもとでのびのびと育っているが、仲のいい友達の兄たち(高校生)とグループとしてよく遊ぶようになって、無垢な少女だった主人公は次第に異性を意識していく。性教育を受けていない思春期の主人公が性や妊娠の仕組みがわからずに悩むのが大きなテーマだが、時代の転換期に性をどう扱うべきかということを、主人公グループの周囲の大人たちの考え方の違い(古い道徳的な考え方の主人公の親、知的でオープンな考え方の医者、あけっぴろげの料亭の女将)として示している。
グループのキャラも明確で、無垢な世界から離れつつある主人公を中心に、同じく煩悶し始める小説を書く高校生、死に哲学的な興味を持つ料亭の息子、その息子と話が合う大人びた女学生、料亭の息子の妹で天然の娘、苦学して絵描きになろうとする男。無垢でまじめな若者たちが思春期を生きる姿が初々しい。
成瀬映画では人物が窓際に立つことに意味があるという批評があるが、そう考えてみると、たしかに、人物があけっぴろげだったり閉め切ったりする窓際に立つ時、流れている情感はびしびしと伝わってくる。今作の場合は「寝転がること」もまた別のポイントになっている。高校生たちはことあるごとに寝転がり、煩悶したり歌を歌ったりする。そしてそれは女学生たちにも伝染していく。
久我美子が走ること、その久我美子の父親役が溝口健二監督「近松物語」の「院の経師以三」である石黒達也であることが声でわかること、並んで歩く場面で人物が振り返ること、など見どころ満載。

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