愛の世紀

劇場公開日:2026年6月20日

愛の世紀

解説・あらすじ

フランスのヌーベルバーグを牽引した巨匠ジャン=リュック・ゴダールが、「愛」をテーマに撮りあげたドラマ。

パリの若き芸術家エドガーは、「出会い、情熱、別れ、和解」という愛にまつわる4つの瞬間を、3組のカップルを起用して描く新作を構想する。エドガーがこの企画にふさわしいと考えるヒロイン像は、彼が2年前に出会った女性だった。それはエドガーがブルターニュでレジスタンスの歴史を調べるなかで知り合った、かつてレジスタンスに身を投じた老夫婦の孫娘だった。彼女の姿を追い求めるエドガーは、2年前のブルターニュでの記憶をよみがえらせていく。

前半パートは35ミリフィルムの陰影豊かなモノクロ映像で現在の出来事を描き、後半パートはデジタルビデオを駆使した鮮やかなカラー映像で主人公エドガーの回想を映し出す。特集上映企画「21世紀のジャン=リュック・ゴダール わたしたちの映画 2001-2010」(2026年6月20日~、シアター・イメージフォーラム渋谷ほか全国順次公開)にて、4K修復版を国内初上映。

2001年製作/99分/フランス・スイス合作
原題または英題:Eloge de l'Amour
配給:アイ・ヴィー・シー
劇場公開日:2026年6月20日

その他の公開日:2002年4月13日(日本初公開)

原則として東京で一週間以上の上映が行われた場合に掲載しています。
※映画祭での上映や一部の特集、上映・特別上映、配給会社が主体ではない上映企画等で公開されたものなど掲載されない場合もあります。

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(C)2001 Avventura Films/Peripheria/Canal+/Arte France Cinéma/Vega Film/RTS

映画レビュー

2.5 モノクロームの第一部と極彩色のヴィデオ映像の第二部。難解きわまるゴダールらしい一作。

2026年6月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

タイトルに反して、
愛について語っている部分が
どこなのかほとんどわからない(笑)。

題材からの影響を受けて、もう少し叙情的で雰囲気のある映画を期待していたのだが、『新ドイツ零年』や『アワーミュージック』のほうがまだ見やすいくらいに、とらえどころのない難解な映画だった。
上記の2作は一応、狂言回しとして東ドイツのスパイやゴダール本人が出てくるし、『ゴダール・ソシアリスム』でも「豪華客船」というフックが存在するので、なんとなく「観るための指針」はかろうじて触知できるのだが、『愛の世紀』の場合は作品を理解するよすがすらもうまくつかめない。

ゴダールの場合、80年代の作品はまだ劇映画としてギリギリ成立している感があるが、『新ドイツ零年』以降の作品になると、筋らしい筋のないぼんやりとした設定のなか、各登場人物が概念的な対話や警句を放ちあう傾向が強く、映像的にもコラージュが多用され、むしろ作品の中心は拡散され、とらえどころのない状態の維持こそが模索される。「物語を追う」という行為自体ほぼ放棄されているし、観客にも必ずしも求められていない。
結局、この強度のある言葉と映像の累積が引き起こす「ラビリンス」感、「酩酊」感、知的興奮、あるいは圧倒的な難解さに「調伏される屈服感」自体を愉しめるのなら、それはそれで良いというスノビッシュなエクスプロイテーションでもあるわけだが、もちろんそんなことには付き合いきれないという視聴者もあってよい。
ただ「ゴダール」自身、自分が撮る映画は「そういう映画」だということをきちんと「売り」にしてきたし、それを受容しプラスに捉えることのできるマゾヒスト連中をしっかり囲い込んできたわけで、今更ゴダールをわざわざ観に来て、訳わかんねーよとか泣き言をほざくのもダサすぎるといえば、ダサすぎるだろう(笑)。

前半は、35㎜フィルムで撮られた瑞々しいモノクロームの映像で、エドガーという青年の「愛にまつわる作品」を製作しようとする試みを描く。3組のカップルで愛における4つの瞬間──出会い、肉体的愛、別れ、再会を、映画、舞台、小説、オペラのいずれかの形式で描くといった意図が冒頭で述べられるのだが、その目的意識が深められていく気配はなく、登場人物の適当なモノローグや対話が、ひたすら訥々と描写される(よく覚えていないが、どっちかというと、コソボとかサラエヴォとかバルザックの話をしていたようなw)。
エドガーが常に束見本のような白紙の本をめくりながら、いろいろな人たちをめぐって話をきき、物語が浮かび上がってくるのを待っているという「レトリック(修辞)の視覚化」ともいうべき描写は面白かったけど、全体には単調で、独善的で、晦渋である。多言語が飛び交い、脈絡を追うこと自体、至難といえる。
むしろ、あちこちで点描されるパリの夜景と、ゴダール映画の音楽にしてはメロウなピアノとチェロのBGMが美しく、そちらに目と耳を奪われる。比較的そっけない作りのなかで、映画館の入口に大写しで出てくるロベール・ブレッソンの『すり』とウォシャウスキー兄弟の『マトリックス』のポスターだけが、やけに印象に残る。あとはタバコの空中浮遊とフラッシュペーパーを用いたマジックを路上で披露している若者とか。それと、噴水のモノクロ映像が瑞々しい。川べりのシーンでピアフが一瞬流れるのもどきりとさせられる。
第一部のラストでは、比較的唐突にヒロインの死が告げられる。

前半のモノクロパートは1時間弱あって、そこから30分強、後半戦となる。
こちらは、エドガーがブルターニュを旅をする2年前の過去篇で、現代篇がモノクロだったのに対して、こちらは「映え画像づくり」に失敗したような極端に彩度の高い原色の踊るカラーのヴィデオ映像となっている(通常とはモノクロとカラーの扱いが逆)。前半同様、何の話をしているのかは皆目わからない感じなのだが、レジスタンスとかスパイとかスピルバーグとかアメリカで映画化するとかそういった話をしていて、あんまり愛については語っていなかったような気がする(笑)。映像として印象に残るのは、プロペラ機型の風見鶏とか、真っ青なヘリコプターとか、部屋に入ってくる女にオーバーラップする波の映像とか、ラストのリアウィンドウに映る原色のライトとか。

●なかで出てくる老人が、「これでもか」とばかりに背表紙を見せつけて読んでいるハードカバーの著者名はピーター・チェイニーで、彼こそは『新ドイツ零年』で主役を張ったスパイ、レミー・コーションの生みの親である。日本だとたぶん論創社からずいぶん前に出た『この男危険につき』くらいしか翻訳がないっぽい。ピーター・チェイニーとかハドリー・チェイスがもっと訳されたら、ブリティッシュ・ハードボイルドへの知見も随分と深まるだろうに。どちらの作家も、とにかくフランスで爆発的に人気が出たんだよね……だから映画化も多い。

●何度もテーマ曲のようにかかる、出だしが英雄ポロネーズみたいな音型のメロウなピアノとチェロの曲が気になって、家に帰ってからいろいろと調べてみたら、アルヴォ・ペルトかとの個人的予測に反して(笑)、ケティル・ビヨルンスタがチェリストのデヴィッド・ダーリングと組んで出した「エピグラフ」というアルバムに収録された「Wakening」という楽曲だった(ABABのような構成になっているBパートの冒頭)。
というか、『愛の世紀』のサントラとして使用されただいたいの楽曲はこのアルバムから採られていて、あとはそれこそペルトとか、ハルトマンの葬送協奏曲(先月、N響でヤマカズが振ったが聴きに行かなかった)が使われていたようだ。

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じゃい

3.0 2年前

2026年6月20日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

のフィルムの色が特徴的。アメリカ戦争映画について。

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タカシ