戦火を越えて(1965)

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解説

スリコ・ジゲンティの脚本をレゾ・チヘイゼが監督した戦時のヒューマニズムドラマ。撮影はレフ・スーホフとアルチール・フィリパシビーリ、音楽はスルハン・ツィンツァーゼが担当した。出演はゼルゴ・ザカリアーゼ、ケテワン・ボチョリシヴィリ、ウラジミール・プリワツェフ、アレクサンドル・レベデフほか。

1965年製作/ソ連
原題:Soldier's Father Otets soldata

ストーリー

ゲオルギー(S・ザカリアーゼ)は戦車隊の将校の息子から、負傷して入院したという手紙をうけとり、病院まで逢いに行こうと決心した。長い長い旅を続けて病院に着いたが、息子はすでに傷が癒え、戦線に復帰した後という。彼はあまり遠くないところに戦車部隊がいると聞かされ、そこまで行こうとした。が、そこは旅行証明書が通用せず、独軍の進攻で危険だった。貨物列車にもぐりこんだが失敗、頼みこんで一兵士となって部隊に正式に編入され、人気者になった。白い吹雪の戦場でついに敵勢を追い払った。さらに西へ進撃、とある橋の上に部隊がさしかかったとき、息子がその橋を渡ったことを記した白墨の文字を見て、ゲオルギーは雀躍した。息子に会える日も近い。しかし、その前にもう一度市街戦をしなければならなかった。大きな建物の三階に味方が封じこめられているのだ。そして、その三階に息子のいることを知った。父と子は二階の独兵を忘れて、一階と三階で、独ソ両軍で、話しあって作られた休止時間に話をした。そのとき、独軍は申し合わせを破って攻撃を始めた。ゲオルギーは先頭に立って突撃し、一気に三階に駆けのぼった。しかし、そこには敵弾に斃れた息子の姿があった。

全文を読む(ネタバレを含む場合あり)

スタッフ・キャスト

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映画レビュー

4.5頑固オヤジ

Imperatorさん
2021年3月8日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

「ロードムービー」という触れ込みだったが、ちょっと違うと思う。
いわゆる「ロードムービー」なのは前半だけだ。その前半でさえ、ロケーションも旅も“自分探し”も、テーマではない。
扱われているのは、戦争だ。

ジョージア(グルジア)人の映画であるが、「ソ連邦」時代である。
いろんな民族の兵士が“一丸”となって対独戦を遂行しており、「民族協和」が一つのテーマになっている。
主人公のジョージア人は「CCCP (= Union of Soviet Socialist Republics)」の国境を示す看板を掲げ、一方、慰問団は塹壕で主人公のためにジョージア音楽を奏でるのだ。
ソ連邦による“民族動員プロパガンダ”とみることもできようが、この映画の内容はそういう卑俗な思惑をはるかに超えたところにある。

(ネタバレになってしまうが、)途方に暮れていた主人公に親切してくれた若い兵士が殺されて、怒りでドイツ兵を撲殺するところから、主人公の従軍が始まる。
主人公の身を守るためでもあるのだが、それだけのために殺人を犯すのではない、という“エクスキューズ”が感じられる。
しかし、主人公の心は、戦争で“すさむ”ことはなかった。
葡萄畑を踏みにじる自国の戦車に怒りを爆発させ、「命を大切にしない振る舞いは、(ドイツの)ファシストと一緒だ」と糾弾する。

最後の戦闘場面の作り方は、ストーリーと密接に絡んで素晴らしい。
大きな建物の3階にソ連軍が閉じ込められ、2階にそれを包囲するドイツ軍、さらに1階に逆包囲するソ連軍。
(ネタバレになってしまうが、)そこで、1階と3階に別れた、主人公と息子が感動の再会を果たす。こんな見事なシチュエーションは、自分はこれまで観たことがない。
主人公の息子が「最初にこの橋を渡った」と書かれた跳ね橋が、次第に下がっていくラストシーンも素晴らしい。

直球勝負の、はらわたにグッとくるヒューマニズム作品である。
こういう隠れた傑作に出会えるから、映画館通いは止められない。
感動した。
<ソヴィエト映画特集(@シネマヴェーラ)にて鑑賞>

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Imperator
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