砂漠でサーモン・フィッシング : 映画評論・批評
2012年11月27日更新
2012年12月8日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
ジャンルを横断しながら、爽やかな印象を残す英国ドラマ
砂漠という広大なキャンバスにどんな夢を思い描こう。「アラビアのロレンス」に触れるまでもなく、元来、英国は中東の地に浪漫を追い求め、はたまた外交面の二枚舌で複雑な禍根を残してきた。そして今、前代未聞のフィクションが、砂漠の国をファンタジックな色に染め上げようとしている。
物語は一通のメールで幕を開ける。「イエメンで鮭釣りを実現させるためにご協力を」。英国の水産学者ジョーンズはこれを不可能と一蹴するも、世間の注目をなんとかアフガン政策から反らしたい首相広報官がこのプロジェクトに飛びつき、強力なバックアップ体制が敷かれることに。やがて依頼主の富豪シャイフの熱い想いに心動かされ、ジョーンズは鮭釣り計画へ没入していくのだが……。
原作は全文がメール、インタビュー、日記などで織り成された変わり種のベストセラー小説。これを「スラムドッグ$ミリオネア」のサイモン・ビューフォイがユーモラスな日常描写に満ちた脚本へと仕立て、なおかつハルストレムの透明感溢れる映像が多彩な人々をすべて温かく包み込む。
とはいえ、砂漠で鮭釣りという突飛な試みはティファニーで朝食を、といった具合にはいかない。計画は何度も挫折しかけ、この映画自体もロマンスに政治風刺にサスペンスと刻々と表情を変え、河を遡上する鮭のごとく一か所に留まることを知らない。そんな先行きの見えない状況下で響くシャイフの言葉がとても印象的だ。「糸を垂れ、ひたすら信じて、待ち続ける」。それは釣りの極意でありながら、ある種の悟りの境地さえ伺わせるもの。本作はきっと、自信を失いかけたこの時代を奮起させるビジョンとしても、観客の心に爽やかな風を吹き起こすことだろう。
(牛津厚信)