劇場公開日 2012年11月17日

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ふがいない僕は空を見た : 映画評論・批評

2012年11月6日更新

2012年11月17日よりテアトル新宿ほかにてロードショー

純粋な悪意だけが彼女を「団地」の外へ連れて行ってくれる

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団地は我々をとらえ、縛りつける。「ふがいない僕は空を見た」において「団地」とは我々を束縛する牢獄の象徴だ。主人公の親友と一緒にコンビニで働く少女は言う。「何をやったって無駄だよ。どうせあたしたちは団地から抜けられないんだよ」将来もなく、可能性も見えない過酷な現実。自分の悩みを伝えることができる相手もどこにもいない。「ふがいない~」の登場人物はみなそれぞれの事情を抱え、どうしようもない閉塞感にとらわれている。彼らはみな「団地」の住民なのだ。

田畑智子演じるあんずは心の通じない夫との関係に倦み疲れ、そこからの出口をコスプレ・セックスに求める。憧れだった魔法少女のコスプレをし、高校生の美少年と激しく睦みあう。そのときだけは、彼女はここではないどこかに行けるのだ。だが二人のセックスは何者かに盗撮されている。その写真が学校じゅうにばらまかれ、少年は学校に行けなくなってしまうのだ。

実は二人の写真をばらまいているのはコンビニで働く少女である。彼女は別に主人公へ恨みがあるわけでもないし、義憤にかられているわけでもない。それは無意味な、純粋な悪意だ。その悪意だけが彼女を「団地」の外へ連れて行ってくれるのだ。彼女に共感した親友は二人で盗撮写真を撒き散らす。それがこの映画のもっとも美しい場面である。

(柳下毅一郎)

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