「これがフライト。」フライト ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
これがフライト。
R・ゼメキスの12年ぶりの実写映画ということで期待していた。
アカデミー賞にノミネートのデンゼルの演技も楽しみだったし、
何しろ今作は予告と宣伝だけで何度も観てきた気がするのだ。
思うに、これに近い事故が過去にあった気がするんだけれど…
冒頭、デジタル時計がカチッとなり目覚まし?が鳴った瞬間、
あー懐かしい!『バック・トゥ・ザ・フューチャー』じゃん!!
と胸躍ったのもつかの間、場面は朝からどんよりと薄暗い。
全裸の女とベッドに横たわる男、そこへ男の元妻から電話が入り、
どうやら息子の養育費関連の請求をされているようだ。
何だよ、これは!話までメチャメチャ暗いじゃないか!
いや、そんなもんではまだ終わらない。この男こそ、機長だ。
おもむろに起きて女と交わす会話、今から搭乗なのは明らか。
と、ベッドサイドの薬に手を伸ばし、アルコールでグイッと…。
オーマイガッ!何てこった、アル中なんだ、この男。この機長。
いやすんごい。ゼメキスらしからぬスゴイ出だしだ~と思った。
確かに予告中も、彼が酒を呷るシーンがあったので、まぁ強ち
この描写が間違ってはいなかったのだが、映画は冒頭からもう
この機長をおとすおとす(汗)飛行する機内ですら酒を呷らせる。
もうここまで観せられては(私達観客ですら)いかにこの機長が
危機一髪の着地を見せたとしても、てんでヒーローとは思えない。
そもそも、病院のベッドで事態を把握するまでもずっとおかしい。
さて、映画の本題は、実はここから始まる。
これだけ悪い証拠が揃っていながら、何だいあの凄腕弁護士は!
(チードル)、まんまと彼を無罪へと近づける。あの生活態度で、
自宅にも帰らず、さらにあの親友だ!(グッドマン)ここまできたら
もう笑うしかない状況揃いなのに、彼は誰にも嘘を見破られない。
たまたま救ったドラッグ常習者のニコール(ライリー)とも、妖しい
関係を結び同居を始めるが、着々と更生していく彼女に対し機長は
相変らず酒浸りの日々。もう飲まない、と言ってはすぐに手を出す。
を繰り返した挙句、愛想を尽かした彼女はついに出ていってしまう。
依存症の恐ろしさは、これだけ状況を積重ねても、周囲がどんなに
苦慮努力したところで、まったく本人が変わっていかないところだ。
タバコをやめられないのと同じで、これは周囲がどうのではない。
本人がやめる勇気を持たない限り、永遠に繰り返されるのである。
それを分かっていながら、どうにも変わることができない主人公。
デンゼルが、この叡智に優れた技術を持ちながらも、人間的に弱く、
嘘を素直に吐露できず、周囲を傷付けていく機長を見事に演じる。
さすがに巧いので、彼の行動すべてに釘づけになる。
このロクデナシ!と心で罵りながらも、何とかならないのかと彼を
取り巻く周囲の軋轢を含め、この物語が着地する術を探ってしまう。
こんなロクでもない人間がパイロットだなんて…!と思うところだが、
かの国ではこんな状況は日常的に見られるらしい。
そうだよね、セレブやアイドルがドラッグやアルコールに溺れるなど、
ゴシップニュースに出ない日はないくらいだから。
世間の注目を浴び、抑圧と緊張に縛られ、自信を失い何かに依存して
しまうのは、そういう立場に於かれた人間に多いのかもしれない。
さて、その後この機長はどうなっていくのか。
公聴会が近づく組合側の弁護士は、あらゆる手を使って彼を救おうと
(違う意味でね)奔走して彼は連続アルコール断ちに成功するのだが…
保身に彩られた嫌な人間の本質と狡さを見せつけてくるこの物語だが、
突き抜けているのは、あんな背面飛行で危機を脱するほどの技術を
持つ男と、何だコイツは(爆)と思わせるデブ(巧いのよね)が大親友だという、
だから人間ってのは分からない。と思わせる驚異に富んだ意外性。
何に対しても突き抜けてしまうと、常識すらブッ飛んでしまう恐ろしさを
あの一室で皆が体験することに。これがフライト?さすがだ、ゼメキス。
(彼がなぜ依存症になったか、農場の歴史や祖父の話も聞きたかったな)