ラム・ダイアリー : 映画評論・批評
2012年6月26日更新
2012年6月30日より新宿ピカデリーほかにてロードショー
どんよりとした空気の中に紛れ込んだ、鮮やかな赤が扇情的だ
原作はジョニー・デップの親友だったゴンゾー・ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソン(1937~2005)が22歳の時に書いた半自伝的な青春小説であり、製作も手がけたデップにとって、「ラスベガスをやっつけろ」に次ぐ、2作目のトンプソンへのトリビュート作だ。
40代後半になったデップが今回演じるのは、1960年の中米プエルトリコに流れついた新進ジャーナリスト、ポール・ケンプ。「まだ文体が見つからない」と嘆く彼は、ラム酒を浴びるように飲む島の生活に馴染みながら、精神的かつ肉体的な旅路を体験するのだが、物書きとしてのビルドゥングス・ロマン的な成長の物語としては多少無理があるかもしれない。「ペンは剣よりも強し」的な結末も、最後まで“ほのめかす”程度なのだ。だが、時計の針を逆回ししたかのようなデップの快演が物語の説得性をもたせている。また、往年のフィルム・ノワールから抜け出たようなミステリアスな美女を演じるアンバー・ハードが彼とのラブロマンスに華を添えていて、目を釘付けにする。
デップが最も好きな映画のひとつと公言する酒とドラッグの日々を描いた青春映画「ウィズネイルと僕」を手がけた監督・脚本のブルース・ロビンソンは、このカリブ海に浮かぶ楽園が見せる原色に満ちた美しい情景と、苦渋に満ちたドス黒い貧困の現実の両極を、鮮やかにコントラストさせている。エアコンのない新聞社屋、新聞紙のインク、純度の高いラム酒、汗ばんだ闘鶏場、メンソールタバコの煙……。どんよりとした色彩の、すえた匂いのするような画面(撮影はダリウス・ウォルスキー)の中に、海岸線を疾走するシボレー・コルベットや、魅惑の美女の口紅の赤色が紛れ込んでいる感じが、たまらなく扇情的だ。
(サトウムツオ)