聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実 : 映画評論・批評

2011年12月20日更新

2011年12月23日より丸の内TOEIほかにてロードショー

理知的なリーダーを葬るこの国は何度でも廃墟と化す

繰り返し描かれてきた山本五十六という軍人像は、太平洋戦争の数少ない日本のヒーローとして半ば神格化されているが、本作は偉人伝や戦記の類ではない。世界情勢や身の程を熟知していたゆえ、危険も顧みず戦争反対を唱え続けながら、いざ開戦となれば勇猛果敢に攻めた男の複雑な胸中を静かに掘下げている。五十六の無念を通して破滅へと向かったこの国の実像を炙り出し、あの頃とよく似た今へ警鐘を鳴らす野心的な戦争悲劇である。

焼け野原で始まる構成がいい。戊辰戦争に敗れた故郷長岡の物語を聞かされて育った少年にとって、勝ち目のない戦が招く結果こそが原風景だったという解釈。知識と論理に長けたリーダーの冷静な判断は、再び焼土にするものかという強い意志に支えられ、家族や部下、未来を担う者への想いが全編を貫く。役所広司によって演じられる五十六は、豪胆にして愛嬌がありながらも、心に陰りのある等身大の人物として魅力的に造形されている。

戦闘特撮の迫力不足と脇を固める俳優陣の層の薄さは悔やまれるが、評価すべきはメディアの戦争責任について踏み込んだ点だ。開戦へ向けて新聞が煽り、舞い上がった大衆の熱狂が世論となって政権を左右する。周知のメカニズムを、これまでの戦争映画は描いて来なかった。

先見性のあった五十六は何に敗れたのか。統率力なき政府か、組織の暴走か、メディアと国民の共犯関係か。それら全てが融合し肥大した「無謬性(むびゅうせい)の神話」という魔物に葬られたのだろう。この国の体質は何ら変わることなく、70年目にして再び、原発事故という未曾有の人災を引き起こしてしまった。このままでは何度でも廃墟を見ると、映画は告げている。

清水節

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