ももへの手紙 : 映画評論・批評
2012年4月10日更新
2012年4月21日より丸の内ルーブルほかにてロードショー
リアルな情景とデフォルメされた表情が融け合う、アニメの到達点
古きよき日本の風情を残す自然を背景に、愉快な妖怪達との交流を通し、少女の生命力が輝き出す。“となりのトトロ2012”とも言うべき物語を通し、ひとつひとつのビビッドな動きから、作り手の志の高さが伝わってくる。
心にもない言葉を浴びせてしまった別れが、父との最期だった。伝えられなかった想いを残し、少女ももにのしかかる自責の念。心を閉ざし母との関係はぎくしゃくして、娘宛ての書き出しだけが綴られた父の手紙が、小さな胸を締め付ける。新天地を求める母に連れられ、瀬戸内の島へと引っ越しては来たが、ももは環境の激変に対応しきれない。そんな少女にだけ見えるものの正体が、妖怪の姿を借りる“別の何か”であるという冒頭のタネ明かしは、イマジネーションに拡がりを与える。
ドラマを作動させるアイコンがある。すべては、天上よりこぼれ落ちる水滴から始まる。通過儀礼としての川への飛び込み。初めて妖怪を目撃する雨宿り。母の危機を救う暴風雨の中の疾走。そして、藁舟流しが届けるもの――。そう、少女の心は「水」にざわめき、溶かされる。それは、海を愛し海で亡くなった父の象徴であろう。
リアリズムに基づく情景と、デフォルメされた表情。一見、反発し合うかに思える表現手法が絶妙に融合する。リアルとアンリアルの境界線を侵食し合う描写は、日常の裂け目を垣間見る本作にとって、少女の「現実感」に即している。家族の再生を描く沖浦啓之による精緻で丹念なファンタジーは、宮崎駿的なプロットを高畑勲的なアプローチで描き、乗り越えるべく挑んだ、日本独自のアニメーションの到達点である。
(清水節)