わが母の記のレビュー・感想・評価
全70件中、21~40件目を表示
そばがき
主人公、洪作(役所広司)が、母校の校庭で「この遊動円木で詩を書いたことがある」と琴子(宮崎あおい)に話すが、詩の内容が思い出せない。
これが伏線になっている。
その詩を母が唐突に諳んじる場面がある。
ぼけてしまった母が、その詩の切れ端を後生大事に懐中しており、かつ丸暗記しており、よどみなく詠う。
洪作は、堪えきれず、ドッと泣き崩れる。
それは観る側も同様である。
白眉だった。
もう一つ。
紀子(菊池亜希子)の出帆のデッキでの妻との会話。
……海を渡るときは、もし沈没すれば、一家が途絶えてしまうから、それじゃご先祖様に申し訳ない、だから長男だけは残したのだ……、ということを、結婚式のとき母から聞いた、と話す妻(赤間麻里子)。
洪作は驚いて「おまえそれを知っててなぜ俺の(母に捨てられたという)言い分を修正しなかったんだ?」
「あなたが聞き分けよくなったのはつい最近ですよ……あなたは捨てられたと思っていて、いいんです。素晴らしい小説書いて下さるのだから」
洪作は何十年間も、捨てられたと、母を恨んできたのに、妻からサラッとそんなことを話され、啞然としてしまう。
母に捨てられたという反骨心が、洪作に小説を書かしめる、ということを妻が知り抜いていたからこそ、それを何年も、自分の中だけにしまっておいた、の構図。
かしずくだけの腰元みたいな妻にしか見えなかったのに、しっかりと計算高く洪作を支え、扶けていたという、妻のしたたかさが判明する場面だった。赤間麻里子の、ぜんぜん目立たない名演だった。
樹木希林と役所広司は言うに及ばず、ほか原田組みんな名演だったが、個人的に登場場面もセリフもちょっとだけの真野恵里菜が印象的だった。
湯ヶ島の下女、貞代。
ひどい伊豆弁で泥だらけの田舎娘。
出たかと思えば消える野生っ子で、片っぽの鼻孔ふさいで、ふんっと鼻屎を出すのが癖。天真爛漫で、魅力だった。
──意外なところに意外な人。
駆込み女と駆出し男の松本若菜みたいな隠し味が原田映画の巧味だと思う。
序盤の率直な感想は、いい暮らししてんなあ、というもの。
60年代の上流階級の人々の暮らしぶりが再現されている。
「巨人・大鵬・卵焼き」と言われた時代。
わたしはもっと後の世代だが、70年代も80年代も、井上靖はずっと流行作家だったと記憶している。築かれた財には頷けるものがあった。
海辺のリゾートホテルでの家族旅行。昼間はゴルフ、ディナーで生バンド演奏。吹き抜けのエントランスホール、バーがあって、ビリアード場があって。
60年代の車輌、松原の海や神代杉の境内、世田谷の本宅に軽井沢の別荘、投光機のあるテニスコート。どこで撮ったのかわからないが、どのシークエンスもまるでほんとうの昔のように綺麗だった。
その佳景のなかを、母が亡くなるまでの10有余年の経年とともに、壊れゆく母とともに、徐々にドラマに呑み込まれた。
普遍的な話だが、より美しくしているのは60年代だと思った。
やや短絡な言い方だが、そこはまだ夢や希望があった時代──なのかもしれない。
すれ違った母の想いと息子の想い
樹木希林さんの演技が圧巻でした。「しろばんば」や「夏草冬濤」で描かれていた勝気で厳しくユーモアからかけ離れた八重と樹木希林さんの印象は私の中では少し異なるものではありましたが、程よく力を抜いたような演技なのか地なのかわからない樹木さんの演技は私の中の八重像を変えていきました。
親に捨てられたとずっと思い続けていた洪作と戦中の混乱の中、実父の妾であるおぬいばあさんに洪作を預ける決断をしなくてはいけなかった八重。洪作が八重の本当の気持ちを知った場面は涙目なしでは見れません。
洪作が幼少期に過ごした湯ヶ島とおぬいばあさんや本家との関係、その時の洪作の目に映った八重や家族の、青年期に過ごした沼津での様子がもう少し丁寧に描かれていたらより良かったです。登場する人たちの会話の中で触れてはいましたが、「しろばんば」「夏草冬濤」を読んでいない人にとっては、洪作と八重の関係や想いを知るには十分ではないような…。
認知症に罹患してからも息子を想う母の気持ちに涙溢れる。故、樹木希林さんの代表作の一作。
こりゃ泣くわ…
4回観た
一度目は映画館で祖母と。
二度目はもう一度確かめるために家でDVD。
三度目は妻に見せるために家でDVD。
四度目は妻に請われて家でDVD。
☆良かったところ☆
映画は幻滅の装置だ、ああ作ってはいけない、もう観てはいけないなあ、と思うことが、映画鑑賞後、まあよくあるが、本作は映画が幻滅の装置であることがじゅうにぶんによく機能している。(これは名作映画の条件ではないか。)
ここで私のやたら言う「幻滅」とは、スクリーン上で夢想を描かれた挙句、それが高が幻想にすぎない嘘っぱちだよ、としらじらしく暴かれることによって、夢を抱いてしまったこちらはガッカリすることだ、として、「幻滅」させられること、一見あまりにネガティブな言葉だが、何もマイナスに働くに限ったことではないくらい、映画が好きならその好きな作品を観終わった後、家路につくその瞬間の気持ちが「幻滅」なのだから、大いにプラスに作用することもある、と理解している。
本作の「幻滅」の素晴らしき構造を説明したい。させて下さい。
まず、たかが映画である、と言う時点で、もう「幻滅」だ。これはどの作品にも共通で、その前提があるからこそ、芸術たりうる。批評されるに足る作品たりうる。
次に、役所広司演じる主人公、伊上の「幻滅」だ。伊上はこの作品の中で、何度も幻滅する。家族に期待しては集中砲火で責められ幻滅、父の死に目に会うては邪険にされ幻滅、母への怨念でもって母に執着しても肩透かしを喰らって幻滅。
幻滅、幻滅、幻滅の、とくに出だしから中盤にかけて、かっこいい頼りがいのありそうな一家のあるじは、雷に必死になって怯えるほどか弱く、周囲から気を遣われ見透かされる。
そしてここでうまいのが、彼は小説家であるという、その役割自体のもつ構造だ。
小説家として自伝的小説・私小説を、彼は自分を客観視し見下し透徹した視点で書き込んで行く。そんな理知的な姿には、我々、映画作品内でもっとも理知的な参加者=鑑賞者は、この男をまだ「幻滅」しないで済むのだ。この気持ちは伊上に寄り添う、宮崎あおい演じる三女にじつに、近い。彼女が観客の目となり、理性となって、伊上に立ち向かい、挑み、最終的には抱擁する。
さて、とにかく、
それら「幻滅」が続けば、人は成長するものだ。この作品は、家族の年月の経過を切り取ったものであるが、伊上は年月を経て、一言で、老化、というほどやわでない。見た目にも変化が生じて、それに伴い、性質のカドが取れ、円熟味を帯びて行く、その過程が、端的に、明確に、かつ控えめに描かれていく。「幻滅」への耐性がつくられていく、尊敬に値する人物が、できていく。我々は彼の家族とともにほっと胸なでおろすとともに、時折頼りがいのある父、大好きなその一面を見る気分だ。
にも関わらず、なのだ。老成してなお、伊上には、譲れない幻想があるのだ。
それは彼の固執する、実母への恨み。幾度とない肩透かしを経ても、なお、その思いは煮えたぎる、母に挑むその目はまるで、それこそまだ小さな子供のように、愛に飢え、愛を熱望した眼差しだ。最も理知的な我々は、我々の次に理知的な伊上をほぼ信頼しているので、この彼の思いには並々ならぬものがあるのだな、と思いやる。
それが幾度か、差し込まれながら、彼の、想像だにしなかったかたちでの愛の結実は、まさしく母の死の直前に訪れる。全体のストーリー的には、事件が解決する大きなポイント、というほどダイナミックなことは言えない、もっとそっけなくて、いわば、一つ伏線が回収された、かのように、だが、リアリティをもったひとつのエピソードが、終盤発生する。
理知の王たる我々鑑賞者は、あんなに冷静だった伊上の、しかも老成した彼の、しかしその子供じみたリアクションには、本作カメラマン芦澤さんのとらえる、作中最接近、緊迫した距離感にて、手を叩き隣人と抱擁し涙に噎せて嗚咽するほど感情を揺さぶられるのであった。
(この感動の種類は、ニューシネマパラダイスのラストに似ているかもしれない。)
大まかな「幻滅」構造については以上だが、
原田監督の凄いのは、各シーンの隅に「幻滅」の毒がはびこる、観客はスキあらば粗探しし、冗長してしまう、その前に、新鮮な情報の提供が、カットバック、カット、セリフ、それらを融合した技が、じつにリズミカルになされる面である。
これは監督一流の編集・脚本の手腕であり、惚れ惚れしています。ほか作品に際しても、私は原田監督だけは、信頼してやまない。(海外でいうと、「バベル」「バードマン」のイニャリトゥ監督が似ているか)
★悪かったところ★
なし。
親子というもの
おばあちゃんに会いたくなります。
伊豆
きききりん
母の愛
『わが母の記』
もの書きを題材するハンデは親近感が得られないとこなのよ。
一般家庭や一般社会からちょっとズレてる、観てて感情移入し難い。
これを逆手に取ったのか、そこが巧かったねこの監督は。
長く見せないでスッと切り替える、対面の使い方なんかも絶妙でした。
オープニングの小津安二郎へのオマージュのシーンに内田也哉子が出演してる、これが本当にバッチリでね良かったです。
浮草の匂いをさせながらもちゃんと紀子が出てくるしね。
樹木希林の十八番芸が炸裂、神の領域の演技はもう溜め息モノ。
言わずもがなこれと渡り合えるのが役所広司なわけですよ。
脇役陣も赤間麻里子、キムラ緑子、南果歩、遺作となった三國連太郎と実力派、技巧派が文句なしの演技を魅せる。
食堂での橋本じゅん、大久保佳代子の二人も良かったですよ。
こういうシーンなんか小津映画の匂いはしない。
この映画は原田映画ですよ。
良かった。
意外と面白かった
全70件中、21~40件目を表示