「みんな、家に帰りたいだけだ」戦火の馬 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
みんな、家に帰りたいだけだ
まず一番の不満点から語ってしまう事にする。
僕はハリウッド映画で英語圏以外の人間が英語で話すのを
あまり気にする方では無いが、今回は物申す。
この映画は言語を英語で統一するべきではなかった。
ドイツ人は独語で、フランス人は仏語で語るべきだった。
母国も思想も持たない一頭の馬の目を通して見えてくるのは、
家族、友人、そして生命への慈しみの心。
母国も思想も異なる人々にも共通して存在する温かい感情だ。
だからこそ、
国と国・人と人とを分断する上であまりに大きな役割を果たす“言語”という要素に手を加え、
人間の表面的な違いを曖昧にすべきでは無かったと強く思う。
しかしながら、良い映画。
この映画には、音楽・映像共に古典映画のような落ち着きと温かみがある。
まずはお馴染みジョン・ウィリアムズのスコア。
本作の音楽は台詞以上に雄弁に場面を語り、観客の感情をリードしてみせる。
音楽で物語をここまで豊かに語る映画は今や少ない。
そしてヤヌス・カミンスキーの映像だ。
かねては陰影が強くザラリと冷たい質感の映像が持ち味の彼だが、
今回は作品に合わせてそのスタイルを大きく変えた。
人の慕情に訴え掛ける柔らかな光と、冷たく澄んだ空気を感じさせる映像。
農村を照らす朝焼け、清々しい緑の山々、綿舞う黄金色の草原、
戦地の雨の冷たさ、ラストの燃えるように美しい夕焼け……
(しかしながら塹壕での戦闘シーンは、『プライベート・ライアン』
ほど凄惨では無いものの十二分に恐ろしい)
なかでも圧倒的に美しかったのは、
身動きの取れなくなったジョーイを救い出そうと
イギリス兵が無人の戦場を歩くシーンだ。
灰色の朝霧に包まれた戦場は、静謐で、厳粛で、まるで死者の棲む領域のようだった。
ドイツ兵とイギリス兵が協力してジョーイを救出するあの場面は
ここだけで短編映画として成立しそうな出色の出来。
とてもユーモラスで、わずかに物悲しい。
あれは一種の寓話だが、似たような逸話は幾つも聞く。
国の思想や戦争の大義名分はどうあれ、
やはり『怖い、死にたくない』と感じるのがいきものとして当然であって、
一人間どうしで面と向き合った時には、この映画のように
「お前は死ぬなよ」と言い合うのが本当の所なんだと思いたい。
みんなこんな事は望んでないんだ。家族の所に帰りたいだけなんだと思いたい。
古典的にして普遍的な反戦映画。
<2012/3/3鑑賞>