「出会う人、全員いい奴」戦火の馬 ベチィさんの映画レビュー(感想・評価)
出会う人、全員いい奴
日本では娯楽映画の王様のような存在で、製作に関われば「スピルバーグが送る」と宣伝されるが、私はシリアスなスピルバーグ作品が好きだ。
大衆娯楽映画で名を馳せる監督は多々いるが、シリアスなドラマでも勝負できる監督は少ない。
マイケル・ベイの「パール・ハーバー」の見るも無惨な駄作っぷりがいい例だろう。
第一次世界大戦時のイギリス。
牧場で生まれた子馬の美しさに目を奪われたある農家の青年・アルバート。
その馬はサラブレッドで農耕馬には向かないのだが、偶然にも彼の父親がその馬を競りで落札。
ジョーイと名付けられたその馬は青年の懸命な調教で農耕馬として働き始める。
しかし作物が豪雨の被害に遭い、経営に窮した父親はジョーイを軍に売ってしまう。
それからのジョーイは数奇な運命に翻弄され、幾多の戦場を駆け抜けることになる。
またジョーイに関わった人間たちも過酷な運命を辿ることになる。
フランスに送られたジョーイはドイツ軍との戦闘地帯に送られる。
激しい戦闘の中、ジョーイを買ったイギリス軍人は戦死し、ジョーイは逃げ出す。ジョーイはドイツ軍に捕らえられるが、ジョーイを世話することになった兵士は弟とともに軍を脱走。
しかしドイツ軍に発見され処刑される。
隠されていたジョーイともう1頭の馬を見つけたのはエミリーという少女。
両親を失い、ジャム作りをしている祖父と暮らしていた彼女は、ジョーイたちと交流を深めていく。
しかしやがてドイツ軍が訪れ、ジョーイたちを徴発する。
そこからジョーイはさらに過酷で数奇な運命に翻弄されていく。
馬は語らない。
だがそのつぶらな瞳は多くを物語る。
人間の優しさと勇気、そして人間の愚かさと狂気。
戦場という地獄を駆け抜けたその瞳は、やがて終戦を迎えた時、何を見るか。
傷ついたジョーイを巡って敵同士であるイギリス軍兵士とドイツ軍兵士が協力する場面がある。
罪なき馬を前にした彼らには敵も味方もない。人間としての優しさを馬に向けて、協力する。人間の勇気と優しさに胸が熱くなる場面ではあるのだが、だからこそなぜその彼らが戦わなければならないのかと、疑問と悲しみに胸が詰まる場面でもある。
戦場を駆け抜ける美しき馬の悲壮感と躍動感には心打たれる。
そして全てを包み溶かすような眩い夕日を背景にした人と馬の美しさが心に染みる。
数奇な物語だが、本作は決してファンタジーではない。
戦争がもたらす悲惨な結末を、容赦なく我々に叩きつける現実感溢れる物語である。だが、だからこそ、このジョーイという「奇跡の馬」が大いなる感動をもたらすのである。
スピルバーグと言えば大衆娯楽映画という認識が広まっているが、こういう作品にこそスピルバーグの真髄が生きると私は思っている。
アカデミー賞を逃し話題性では負けているが、紛れもない傑作だ。