イリュージョニスト : 映画評論・批評
2011年3月24日更新
2011年3月26日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほかにてロードショー
優雅な所作とサイレント映画を思わせる笑いが散りばめられたノスタルジックなアニメ
「ベルヴィル・ランデヴー」で世界中を驚嘆させたフランス・アニメ界の鬼才シルバン・ショメが、ジャック・タチが娘に遺した幻の脚本をアニメ化した逸品である。ロシア貴族とオランダの由緒ある額縁職人の血を引くタチは本名をジャック・タチシェフという。第2次大戦で軍役に入る以前、タチは寄席芸人として、作家コレットからも熱烈な讃辞が贈られるほどの人気を博した。本作はそんな自伝的な挿話がベースにある。
1950年代のパリ。ロックンロールやTVが台頭し、人気が凋落した初老の手品師タチシェフはスコットランドの片田舎に流れ着く。そこで知り合った少女アリスは、彼を魔法使いと信じ込み、後を追う。やがて二人はエジンバラで暮らし始める。
すべてが淡い夢幻的な色調で統一された水彩画を思わせる画面は、タチが実際に舞台で活躍した30年代といっても通用するほど、ほとんど時代を特定させない本源的なノスタルジアに染め上げられている。
ショメは前作のような緩急自在なスピード感は抑制し、台詞もぎりぎりまでそぎ落とされ、余計な説明や野暮な心理描写などは皆無。ただし、ジャック・タチの喜劇映画と同様、主人公のパントマイムのような優雅な所作が印象的で、サイレント映画を思わせるスラップスティックな笑いが随所にちりばめられている。実際、主人公が映画館に入ると、「ぼくの伯父さん」が上映されていて、スクリーンのユロ氏と彼が一瞬、見つめ合う場面など、「キートンの探偵学入門」を彷彿とさせる嬉しいギャグだ。
少女が自らの<世界>を発見する時が訪れ、同時に、映画もほろ苦い余韻を残して、幻影の幕を下ろす。
(高崎俊夫)