ブンミおじさんの森 : 映画評論・批評
2011年3月1日更新
2011年3月5日よりシネマライズほかにてロードショー
映画のセオリーに拘束されない自由な方法で描く、悠久の時を流れゆく命
「ブンミおじさんの森」にはびっくりするシーンがいくつもある。19年前に死んだブンミの妻フェンの幽霊が現れたり、行方不明の息子ブンソンが猿の精霊になって「猿の惑星」風メイクで帰って来たりする。かと思うと、顔のあざを気に病む王女が池のナマズと心を通わせ、水の中でナマズに愛撫されて歓喜に震えるエロチックなシーンもある。幽霊が現れても誰も騒がず、嬉しそうに世間話をするのにもびっくり。フェンの妹に至っては、姉が若いままなので自分の方が年寄りに見えるとこぼす。予想外のリアクションに笑ってしまった。
そもそも肉親の幽霊や精霊が集まってきたのはブンミが死を迎えるための祀(まつ)りだ。その祀りの中で、死は新しい命の始まりで、自然の巡りの一部だという素朴な死生観がのんびりと語られていく。ファンタジーというジャンルで括るにはキャラクターも物語も時間の流れ方も素晴らしく自由で、映画のセオリーらしきものに拘束されていないのが凄い。画面に写し出されるのはタイ北部の貧しい農村の生活と自然だが、その映像が見る者の心に残すのは、草から牛へ、牛からナマズへ、そして王女様へと転生しながら悠久の時を流れていく命だ。CG特撮の進化で見えないものも強引に見せてしまう映画が増えてきたが、この作品には、見せないことで見えないものの存在を感じさせる魔法のような力がある。
(森山京子)