座頭市 THE LASTのレビュー・感想・評価
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タイトルなし(ネタバレ)
座頭市強いけど、圧倒的ではなく実はそんなに強くないのが不満。
ところどころやたら声を張るから、声デケェって思った。
原田義男の釣り針コントは面白いというよりも長かった。目が見えてんじゃねえのかっていうのあったけど同意。目つぶってるだけみたいに感じる場面あった。反町隆史が死にそうな時に香取信吾が近づくシーンが良かった。仲代達矢、倍賞千恵子、工藤夕貴はすごい残った。
たとえ話するのが得意なジジイだと思っていたら、実は凄い強いというラスボスは好き。最後息子斬らないところがスッキリしない。
オリジナルを知っている人から見たら…
オリジナルを知っている人から見たら、これは日本映画が産んだ稀代の大キャラクターに対する、《冒涜》にしか過ぎない。
どれ位の凄さか?分かり易く言えば、ゴジラをハリウッドでリメイクした時の酷さに匹敵する。
《座頭市》とゆうキャラクターは、今は昔“大映”が産んだキャラクター。
今日それを元ライバルである“東宝”が、THE LAST として公開する。
当然オリジナルに対する“敬意”が必要なんじゃないんですか?
何故東宝黒澤時代劇の悪性リメイクを、座頭市のキャラクターを借りてまでやらなければいけないんですか?東宝さん!
「すいやせん」では、すいやせんぜ!
いくら出演者の中に仲代達矢が居るからって、豊原功輔に《室戸半兵衛》を演じさせ。岩城滉一:寺島進の2人併せ技で、『用心棒』での志村喬を。更には、百姓達が連判状に血の捺印を押すのは『椿三十郎』と思えるし、反町隆史が終盤に呟くセリフ「百姓には百姓…」云々と語らせいる等々。その他数多くの場面には失笑を禁じ得なかった。
豊原との闘いでは勿論『椿〜』なのだか、実に呆気ない。
最後の仲代との対決場面では、訳の解らない編集が入り込み呆気に取られれる。
編集の酷さは各所に見られ、特にいかさまを市が見破る場面では、何の説明も無くカメラは外に飛び出る。(部屋の中はどうなったんだよ?)
終盤までは冒頭に提示される、市と石原さとみとの恋愛関係が全く無意味な感じに(但し彼女の匂いがする物は常に身に付けている)見受けられる。
しかしそれに関して言えば、“或る意味”の復讐は果たすのだが…。
一応《THE LAST》と銘打っているから、あの様なラストになったのだろうが、全くもって画面を見つめながら「はあ?」と、溜め息が出てしまった最後でした。
主演の香取慎吾は、意外な程に好演している。若き日の座頭市としては適任かとも思う。でも座頭市とゆうキャラクターから、ユーモアが消えてしまったのが悲しい。
せめて「何切るか分かんないよ、見えないんだからね!」の決めセリフ位は入れて挙げて欲しかったなぁ〜。
(2010年6月8日TOHO シネマズ西新井/スクリーン3)
慎吾君が五郎ちゃん!って呼びまくるヤングで泥臭い座頭市
ウィキより
映像化権を持っていた製作会社「セディックインターナショナル」の代表である中澤敏明が、映像化権を原作者である子母澤寛の遺族に返上するのでこれが最後になる!ってこと。
確かにクライマックスの妙な編集は気になった。
説明を省いた作りはいいと思う。
いろんなアングルで撮るの面白い。
夜は暗く昼は明るい。雪景色多数
石原さとみが早々に退場したので吃驚
工藤夕貴もあんまり出番なかった
反町隆史の百姓はイマイチ
この時期はARATAでクレジットされてる。
Zeebraがどうでもええ役で出てる。
ずっと走ってるだけのどうでもエエやつにやられて海のそばで死ぬのいい。
倍賞千恵子の台詞がテーマか。
エンタメにせず広大なセットと音楽でがっつり時代劇としてみせてくれた。
庄内映画村
山形県鶴岡市、遊佐町升川集落、出羽三山神社、
阪本順治監督って、すごく実力のある人だと思う。
この映画よくできてると思います。
これ以上ないってくらいの豪華キャストの、それぞれの見せ場がちゃんと入っていて、無駄なくきちんと使いきっている。
これだけの豪華キャストを全部使いきって、不自然さがまったくないようにまとめるのは、そうとうの力量がいると思う。
映像や演出も、こりすぎていてちょっとわかりにくい感じはあるけど、すごく工夫されていて楽しかった。
ストーリーはダークで、すくいようがない感じだけど、自分の性格が暗いせいか、登場人物が全員善人みたいな、泣かせストーリーよりおもしろいような気がする。
音楽も、テーマ曲がすごくいい曲だったし、その他も曲もいい。三味線の音がすごく効果的でした。
最後がちょっとなげやりな感じで残念だったけど、あとはすごくよかった。
阪本順治監督は、「新・仁義なき戦い」も監督していて、すごく実力のある人だと思う。
「新・仁義なき戦い」もおもしろかった。
他は2・3本しか見てないけど、過去の名作シリーズをリメイクでなく、キャラや設定を変えて作るのが好きな人なのかな?
当然その作品は、そのシリーズのファンの人からバッシングされるんだろうけど、負けないでどんどん作っていただきたいです。
「座頭市ザ・ラスト2」とか「帰ってきた座頭市ザ・ラスト」とか「最後の座頭市ザ・ラスト」的な、ラストじゃないじゃん、みたいな感じでもいいから、続編作っていただきたいです。
勝手にジャニーズで座頭市を終わらすな!
なんでだョ!
暴力と殺しの終わりなき連鎖
仕込杖の扱いが軽く見える。刀が入っているのだから重いだろう。
杖のつき方、歩き方NG。
白目なし。敵に対するとき白目をむかなければいけない。
市と仲代親分の対決。市が仕込の鞘を捨てる。
居合が鞘を捨てたら居合じゃない。
小次郎の場合は対決に勝っておさめる鞘を捨てたから、
武蔵に「小次郎敗れたり」と言われたが、市の場合は
相手を切るための鞘だから捨ててはいけない。
というわけで、THE LASTは市が主役ではなく脇が主役。
狂気を秘めた凶暴な親分(仲代)
「言うこと聞いてたじゃねぇか」と言って斬られる弱っちぃ親分(岩城)
妻を横取りされて泣き寝入りする代貸(寺島)
「百姓と漁師しか診ねぇ」と言って市の傷をツリ針で縫う老人(原田)
などなど、おいしい役所満載。
監督が出演者、スタッフに5分間の沈黙を要求して、香取と倍賞の手を
重ね集中して撮ったという、雪を背景にした二人のシルエットシーンは泣ける。
暴力には暴力、殺しには殺し。「こんなことだから終わらないじゃないか」
暴力と殺しの終わりなき連鎖。
省き過ぎ。ナイーブ過ぎ。あとタイトルがあざと過ぎ。
この映画、とにかく省略が多い。
市とヒロインとの馴れ初めも、市と故郷(ですよね?)の人々との関わりも、敵役・天道一家との因縁も、最後の一騎討ちの一部すらもポンポン飛ばす。
説明を省きに省いた演出で突き放した感じや殺伐とした空気を出そうとしたのだろうか。だが省き過ぎて登場人物たちが何を考えているのかすら分かり辛い(笑)。お陰で登場人物1人残らずに感情移入できないまま映画が終わってしまった。
唯一心を動かされたのは雪原で倍賞千恵子と市が言葉を交わすシーンだが、それ以外は——。
だが周りの観客は違った。観客の殆んどを占めていたのは60代前後くらいの方々だったが、終盤ではあちこちから啜り泣きの声が。
うーむ、この映画の表現に抑揚が無いのでは無くて、僕が感情過多な映画表現に馴れすぎてるだけなのかなぁ。
さてさて実際に眼を瞑って演技に挑んだという香取慎吾。ラストかどうかは知らんが、彼の座頭市は予想以上に頑張っている。
商業主義のあざといタイトルで損してる所も大きいのだろう。
が、やはり違和感がある。
一言で言うと、彼からは血の匂いがしないのだ。それはバラエティでのイメージが強過ぎるせいか、声と背が高過ぎるせいか、あるいは元来の性質か……殺気や泥臭さというものが決定的に欠けている。
今回の市を『生き場所の見つけられないナイーブな男』という風に見ればこの選択も間違いではないが、主人公であるにも関わらず、存在感不足は否めない。仲代達矢との共演シーンじゃ仲代達矢しか見えねぇもの。
だが、殺陣はかなりのものだったとも付け加えておきたい。
竹林や雪原など、様々なシチュエーションで繰り広げられる殺陣もしっかりこなし、迫力もスピード感もなかなかのもの。勝新の『座頭市』は恥ずかしながら一作も観てないので比較は出来ないが、少なくとも他の観客の方々は大満足だったようだ。
鑑賞後、手押し車のお婆ちゃんが「凄い迫力の殺陣だったねぇ! 昔の映画じゃこうはいかなかったよ!」とそれはそれは嬉しそうに僕に話し掛けてきてくれたので、そこは信用していい(笑)。
また、シーンをぐっと盛り上げるテーマ音楽や、巨大セットを組んでの撮影、そして序盤の長回しを始めとした大胆なカットなど、画にはなかなか力が篭っている。
迫力のある殺陣が観たい方や、ナイーブな殺人者の行く末が気になる方はご鑑賞を。ダウナーな物語なので、そこは注意です。
<2010/5/30鑑賞>
残念
勝進の座頭市のモノマネとしては、素晴らしい演技だけど、スマートすぎる。
何処かホームドラマ的で人間味のある本作の慎吾版座頭市は、これまでの座頭市を見ていない若い世代におおむね好評のようです。けれども勝新太郎主演の本家座頭市から、北野版の『座頭市』、綾瀬はるか主演の『ICHI』など見てきたものとして、なにか違和感を感じました。
もちろん殺陣をはじめ、その歩く姿や表情に至るまで、香取慎吾が全力を投じて役に当たって演じている熱意は感じます。けれどもその熱意と研鑽の成果として表現されている座頭市は、どうしても勝新太郎のモノマネに励んでいる姿にしか見えなかったのです。いえ、勝新の演技を完璧に真似るだけでも相当な演技力が必要でしょう。
しかし、市っあんに成りきるのには、独特の存在感を主張しなければ、らしく見えないのです。それは真似ることでなく、座頭市をどう捉えるかという深い洞察もさることながら、自分ならこんな座頭市を作ってやるという強い個性だろうと思います。
本作でも、天道一家の元締め天道役を演じている仲代達矢のアクの強い悪役ぶりに飲み込まれそうな存在の軽さです。
慎吾の演技は、どこか垢抜けしていてスマートなんですね。その分重みが感じられません。あえて小地蔵がキャストを組むのなら、警察ドラマ『臨場』の倉石義男(内野聖陽)をそのまま起用したいところ。『おまえさんの恨みを、あっしが根こそぎ拾ってやりますぜぇ~』と倉石に語らせば、様になると思います。とにかく「オレのと違うな~」というキャストですね。
この軽さはどうも、『斬ることが「市」の傷になる』という悩める人間として描こうとした阪本監督の演出に依るものらしいのです。今までの座頭市なら、殺気を立てて近づく者には、無条件反射的に斬り殺していたはずです。そこに強さとか盲目というハンデを凌ぐ意外性をアピールし得たのでした。
ところが本作では、市の妻となったタネの仇である天道のひ弱な跡取り息子を、わざとトドメを指さず、殺さなかった結果、油断したところをあっさり斬り殺されてしまうのです。いくらストーリー設定が、タネとの約束で、人を殺めること止めてしまい、普通の暮らしに戻ることになっていて、その約束を果たせず悩む市であっても、実際天道一家を皆殺しにしたあと、なんで躊躇するのでしょうか?
そして超人的な感覚の持ち主である市がなんで近づいてくる殺気に反応しなかったのか疑問です。一見か弱そうに見える盲目のあんまが、一度居合い刀に手をかければ異常な強さを発揮するところに、このシリーズの魅力があると思うのです。
だからあんな結末は納得できません。市の最後は、無宿渡世に生きるだけに義理で、悪人どもの仕掛けた卑怯な罠に、自ら突っ込んでいくような任侠を見せるところでしょう。 いつも死と隣り合わせで、ギリギリのところで生きようともがいている。それが市の生き様であったはず。およそ女のために、無宿渡世棄てて、百姓の真似事までするなど、らしくないと思うのです。
阪本監督の作風は、ゴツゴツとした男と男がぶつかり合う硬派の監督であったはず。それが今回女性の脚本家による、きめ細やかな人間描写が加えられた、愛のドラマとしての『座頭市』のメガホンを執ることになって、やっぱりフジテレビのプロデューサーの意向が大きかったのかもしれません。
改めて何年か後に、北野武監督あたりで、もっとバイオレンスな真打ちと呼べる座頭市の最後を描いた作品を期待しています。「アウトレイジ」を見終わって、ふとそう思えました。
俳優さんも苦労したのでは?
座頭市とその妻への復讐と言う単純な構図で進めてくれれば良いものを複数の複雑怪奇な登場人物と人間関係、『なんで…』的な摩訶不思議な作品だった。
仲代達也氏独特のアクの強い悪党の親分、原田芳雄氏のユーモア溢れる医者、工藤夕貴の女房役などファンとして楽しめたが、座頭市との関係性がなんとも中途半端で残念。
役作りに苦労する役者サイドの顔が浮かびます。
キャスティングに加藤清史郎氏を選ぶあたり映画製作を流行の一端にくらいにしか考えてないのでしょうね、この監督さんは…。
容赦ねぇ〜
こりゃいいね。
こんなラストなんぞ誰も認めない
故勝新太郎曰く、「最後の座頭市は、これからがんばっていく最高の若手に切られて終わりたい」
その願いかなわず勝さんは亡くなられた訳で、勝さん亡き後「座頭市」を撮ろうなんて人はよほど覚悟を持ってメガホンを取るはずなんだが・・・
果たして監督はこの勝さんの言葉を聞いたことあるだろうか、っていうかそもそも座頭市観たことあるんだろうか。
香取慎吾は役者ではなくただのバラエティーアイドルなので、そもそもキャスティングから間違ってる。良識があるならはじめから断っていたとは思うが、案の定最悪のできばえ。
豪華キャストならなんとかなるとでも思っているのか。
こんな連中に「ラスト」なんて勝手に幕引きされても、往年のファンは黙っていない。
映画とは、大衆娯楽でなければならない。痛快なアクションもなければ気の利いたお笑い要素もない。座頭市の名を冠する資格ゼロ。よくもまぁ恥ずかしくなくてあんな脚本、演出で映画を作ったもんだ。
だれか、この映画は無かったことにしてまた痛快娯楽時代劇「座頭市」を復活させてくれ。
残念...。
勝新は天国で怒っているにちがいない
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