「人種を越えて」インビクタス 負けざる者たち 松井の天井直撃ホームランさんの映画レビュー(感想・評価)
人種を越えて
人種を越えて国が1つになり、世界に誇れる国へ…。
スポーツを政治的に利用した例は過去にも多い。
最も痛ましい例は、1980年と1984年のモスクワとロス五輪だろう。
但し五輪に関して言えば、ヒットラーを始めとして、国威発揚・経済発展を筆頭に民族統一等。五輪の理念であるアマチュアリズムとはかけ離れた。開催国が世界に対して示す《思惑》が、先ず第一に目立つ大会として進化を遂げて来た。
1990年代に、《アパルトヘイト》により、国際的に孤立した南アフリカ共和国からは、毎日の様に国中で暴動が起きていたのを報道していた。
冒頭にて、代表選手がラグビーをしているが、道路を隔てて黒人の少年達はサッカーに興じている。その間を行くネルソン・マンデラ。
「この屈辱を忘れるな!」と語る男。
しばしばスポーツに於いては“奇跡”が起きる。
ちょっと場違いな例えかも知れないが、以前『元気が出るテレビ』で放送された、アイスホッケーのエピソードは良い例かも知れない。
一度も勝った事が無いライバル高校(相手はライバルと思っていない)に勝つ事を目標に番組で追い掛け、その結果奇跡的な勝利を収める。
まさにスポーツは“筋書きの無いドラマ”だと言う事を、実感した企画だった。
敢えて理由を考えれば、その場の異様な雰囲気に、相手が飲まれ込まれた結果と言える様な出来事だった。
テレビ放送によって人気となり、物凄い応援で個人のスキル以上の力が発揮されたとも言える。
その場の応援によるエネルギーのパワーとゆう奴は馬鹿に出来ない。
そんな例えとして、YOU TUBEでじっくりと見られるが、数年前の近鉄バッファローズが優勝した試合に於ける、近鉄北川のサヨナラ満塁ホームランが良い例だ。
始めは観客も諦めムードだったのだが、徐々にボルテージが上がり、最後の盛り上がりの物凄さたるや凄まじい。
おそらく、1995年のラグビーワールドカップに於ける決勝戦での盛り上がりも、この様な観客のパワーが後押しをしたからだと思う。
ネルソン・マンデラは、ラグビーとゆうスポーツを通して、人種を超え民族が1つになる事を願った。
決して“政治的”にスポーツを利用した訳では無い。
27年間投獄されながらも、人を赦す気持ち。
主将役のマット・ディモンが、マンデラが実際に投獄されていた房を自分の目で見て、その想いの凄さを実感する場面こそが、この映画に於ける一番重要な場面と言える。
その想いが、試合後に交わす2人の会話に表れる。
我々が、世界に誇れる民族で有る事を宣言する如くに…。
今、新国歌を白人と黒人が一緒に歌い、試合展開には一喜一憂する。
ラストシーンはファーストシーンとは違い、みんながボールを手を使いパスする。
代表選手の活躍が国民全員の意識を変え、やがては人種の壁も取り除かれるであろうとゆう希望に溢れている。
ところで、監督クリント・イーストウッドは、今回いつにも増して。《ちょちょい》と言った感じでこの映画を作ってしまっている。一体どうなっているんだ…。映画ってそんなに簡単に製作出来てしまうモノなのか…。
この作品の後で、既に2本作ってるって情報も有るし※1…。そのフットワークたるや、我々がどんなにタックルしたところで、いともたやすくスルリと交わされてしまう。
全く恐ろしい爺様だ!
※1 ご存知の様に『チェンジリング』と『グラントリノ』の超ド級傑作。
その後も製作意欲に全く衰えを見せない。
(2010年2月16日新宿ピカデリー/スクリーン6)