カティンの森 : 映画評論・批評
2009年12月8日更新
2009年12月5日より岩波ホールほかにてロードショー
戦後ポーランドの痛ましい傷痕を女性たちの<顔>で描き出したワイダの集大成
無惨な末路を迎えるテロリスト、マチェックは好きになった酒場の女クリスティーナに「なぜ、いつも黒眼鏡をかけているの」と問われ、「わが祖国への愛の記念さ。報われぬ愛の」と答える。「灰とダイヤモンド」で最も忘れがたい印象的なシーンだが、以来、アンジェイ・ワイダは、半世紀にわたって祖国ポーランドへの屈折した<報われぬ愛>を切々と謳い上げてきたのだと思う。
「カティンの森」は、第2次大戦下、ソ連の捕虜となった1万人を越えるポーランドの将校がカティンで虐殺された事件を描いている。ワイダの父親もその被害者の1人で、この悲劇は永らくポーランドではタブーとされていた。文字通りの集大成となる本作で、ワイダは「灰とダイヤモンド」のようなロマンティックな語り口を避け、あるいは「大理石の男」のようにヒロイックに声高に糾弾するのでもなく、静謐な低い声でこのおぞましい事件の真相に迫ろうとする。この沈着なトーンを決定しているのは、ソ連とドイツ両国によって占領された戦後ポーランドの痛ましい傷痕を、さまざまな階層の女性たちの陰翳に富んだ<顔>によって際立たせようと試みているからだ。アンナと義母、大将夫人ルジャ、ソ連の犯行を兄の墓標に刻んだことを秘密警察に咎められ、決然と拒否するアグニェシュカ……。この映画で、果敢な行動を起こす際にヒロインたちが浮かべる表情はみな一様に美しい。歴史の受難が刻まれた<顔>を、ただ注視することこそが、真のレクイエムになるのではないだろうか。
(高崎俊夫)