「欲で団結したモンスター家族は強い!!」ザ・ファイター マスター@だんだんさんの映画レビュー(感想・評価)
欲で団結したモンスター家族は強い!!
兄のディッキーを演じたクリスチャン・ベールを見て、その変貌ぶりに驚く。贅肉をすっかり落とし、歯はボクシングによるものかヤクのせいか数本欠けている。落ちくぼんだ目には、時折、狂気が宿る。
かつては町の英雄ともてはやされ、母アリス(メリッサ・レオ)に溺愛されるディッキーは再起を目論むが、実際には弟のミッキーをダシにタイトルマネーをピンハネすることしか考えていない。
母アリスもまた、堅実にボクサー人生を歩もうとするミッキーの人格など無視だ。逆に落ちるだけ落ちたディッキーを溺愛する。このふたり、見ていてシラけるほどの身勝手さを発揮し、組んでミッキーを骨の随まで吸い尽くそうという勢いに圧倒される。
憎まれっ子、世にはばかるではないが、このふたり、さんざ悪態をつきながら第83回アカデミー賞の助演男優賞と助演女優賞をかっさらっている。見事なまでにジコチューのモンスターと化し、ミッキーにとって悪魔のような家族を熱演している。
身内を信じられなくなったミッキーにとって唯一のよりどころが、バーで知り合った恋人のシャーリーンだ。
これが、あの狂人ふたりを相手に一歩も引けをとらない。エイミー・アダムスが芯の強さを発揮する。ただ彼女とて、自分が大嫌いな家族からミッキーを引き離したいという、自己欲だけで動いていることに変わりはない。ボクシングは素人で、ミッキーに専門的なアドバイスはできない。
ミッキーは自己欲だらけの畑の中に放り込まれたような生活だ。
それでも家族を断ち切れないのは、彼の優しさとは言い切れず、むしろ頼るものを失うのが怖いのであって、これもまた自己欲に過ぎない。
最後は、バラバラになった家族が世界チャンピオンという夢に向けてひとつになるというお決まりの筋書きだが、決して自己欲が消えてなくならないところが、この家族の力強いところだ。シャーリーンまで巻き込んで、欲で団結した家族は、したたかに雪だるまのように大きくなっていくのだろう。
試合は、もう立ち上がれないほどやられっぱなしで、なぜ急に逆襲に転じられるのか不思議だが、「ロッキー」のショー的な演出とは違う。カメラワークがボクシングのTV中継に近い。また手持ちカメラの位置が必ずしもベストポジションでないところが逆に臨場感を高めている。
編集も素晴らしい。とくにチャンピオン戦のあとのリングサイド。家族の歓喜を深追いしないカット割りが絶妙。
クリスチャン・ベールという俳優、これまで暗いイメージしかなかった。
それが、チャンピオン戦を前にした合同記者会見では、ちゃっかりプレス写真の隅に入り込むなど、茶目っ気のある一面が出た。