ほえる犬は噛まないのレビュー・感想・評価
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やっぱり、ポン・ジュノ長編デビュー作は何度も見ても面白い!
ポン・ジュノの初長編にあたる本作は日本公開を迎えるまでに3年もの歳月を要した。つまるところ、彼の真の凄さが咀嚼されるまでにはそれだけの熟成、発酵期間が必要だったということになる。なるほど、それもそのはず。この映画はこちらが追いついたと思ったら瞬時に手のひらからすり抜けていく。犬泥棒の追跡劇、女同士の友情、大学講師の悲哀、夫婦間に吹きすさぶ冷たい風など、描かれるエピソードはとにかくジャンルレス。日常生活から浸み出したリアルな描写の一部始終がとにかく効果的に炸裂するのも見どころだ。あと何と言ってもヒロイン役のぺ・ドゥナの「私はここにいます!」と主張するかのようなまっすぐな存在感にはまらずにいられない。彼女が勇気を振り絞る場面に登場する「黄色」もまた鮮烈だ。あれほどの心理描写をアナログで、しかも手応えたっぷりに描けるところも、ポン・ジュノという男が全くもって只者ではないことの証左と言えるだろう。
どっちが幸せか?
この映画を見終わってから、監督がポン•ジュノだということを知りました。
のちに「パラサイト」で、アカデミー賞作品賞(2020年)を受賞するポン•ジュ
ノ監督の才能と実力は、「ほえる犬は噛まない」(2000年初長編デビュー)の
時点で、すでに芽吹いていますね。
鼻血や切り干し大根は笑う。笑う。わろーた。\(^^)/
憧れの教授になったものの、人の良いユンジュの気持ちは晴れない。
教授のポストは、2匹の犬の死や飼い主(老婆)の死、ヒョンナムの失職、
浮浪者の逮捕、妻の退職金を使った賄賂など、罪のないものを踏み台に
して得たものだから、心から悦べるはずがない。
権威職についたけれど、秋深まる樹々を寂しく見つめるユンジュ。
一方、当てはないけど、無垢な心のまま木漏れ日の中を歩く仲良し2人。
どっちが幸せか?
こういう、いい映画を見ると
日本映画はもっと勉強しないとダメだな、ということを痛感、ため息。
この冬からは豚キムチ鍋で
『パラサイト 半地下の家族』(2019)のポン・ジュノ監督の長編デビュー作品。
鑑賞後の作品としての感想を考える以前に、アタマの中が?でいっぱい。
作品冒頭、「医療専門家の立ち会いの元、犬は安全に管理されている」旨の字幕が現れるが、全然そうは見えない。
一匹めのピンドリ(シーズー)は宙吊りにされて思いっきりもがいてるし、二匹めのミニチュア・ピンシャー(?)は本当に投げられてるようにしか見えない。おまけに妻が連れ帰ったトイ・プードルのスンジャは確実にユンジュに蹴られてる。
捌かれる直前の最初の二匹も、作り物にしては精巧すぎ。麻酔をかけられたのだとしたら、つい二週間前、検査入院した身としては、麻酔が醒めるまでの不如意さを思い出すとやっぱり可哀想。
安全の基準、ゆるすぎないか?!
『ほえる犬は噛まない』という作品の邦題も謎。
英訳タイトルからの転訳らしいが、元は英語圏の諺。調べると「怖そうに見えて、実はそれ程でも」という温和な意味から「口先だけで実行力がない」なんて揶揄も見られるが、作中の誰を指してるのか。
原題の直訳に困っての苦肉の異訳なのかも知れないが、その原題こそ、この作品の一番の疑問。
韓国タイトルを直訳すれば、『フランダースの犬』となるらしい。
見れば分かるが、カラオケのシーンやエンディングのアレンジ・ソングからも原作童話ではなく、日本のTVアニメに依拠していることは明らか。
「子供のころ、よく見ていた」という監督(1969年生まれ)のインタビューも存在するそうだが、韓国で日本文化が解禁され始めたのって2000年前後の筈なのに、一体どうやって?!
同じ疑問は、今年になってから拝見したキム・ジウン監督の『反則王』(2001 アニメ版『タイガーマスク』へのオマージュが読み取れる)でも。日本の電波届いてた?!
地下室のシーンが多いからか、『パラサイト 半地下の家族』のプロトタイプのようにも感じる本作。
何気ない日常に潜む落とし穴に嵌まってゆく庶民に視点を向けたことも共通するが、酸鼻な結末で笑えない喜劇に仕上げた『パラサイト』に比べると、騒動の張本人だったユンジュへの指弾ではなく、彼の改心と贖罪を期待させて物語の幕を引く本作の方がはるかに救いを感じ、後味の悪さも残らない。
ヒーロー願望を抱きつつも純朴な心を失わないヒョンナムを自然体で演じたペ・ドゥナの魅力も作品の救いのひとつ。素朴な笑顔と真っ直ぐな眼差しに心が洗われる。
ライトテイストのジャズ(一部ジャズロックも)も小気味よい。
2002年日韓ワールドカップでの韓国の犬食文化批判を風刺したともとれる本作は、愛犬家にはショッキングな表現だらけ(犬へのプチ虐待も風刺の一環だとしたら悪趣味過ぎるが、冒頭の字幕すらジョークなのかも)。
だが、日本でもルイス・フロイスや開国時の欧米人の文献に見られるなど、明治政府から禁止されるまで犬食の習慣は普通だったといわれる。
お隣の犬食文化が国内外から激しく非難されたのは、より苦しませて殺した方が滋養になるという残酷な迷信と、実際に食用もしくはそのための転売目的でペットの犬が盗まれる事件が後を絶たなかったことにもよるとか。
その韓国でも、ようやく今年から犬食の全面禁止が法制化されたそう(2024年1月9日、可決成立)。
星3.5くらいあげたいが、動物虐待が疑われる分、減点。
BS松竹東急で拝見。
ほかのポン・ジュノ監督作品も吹き替えでなく字幕版で観たかった。
犬を食べようとする衝撃で始まる
動物愛護でペットを食べるのはタブーなんだろうけど、そんなことお構いなしで衝撃を受けた前半戦。
そんな余韻を残しつつ、大学教授の椅子と学長への賄賂とか、妊婦は会社に残れない、そんな韓国の社会性を遠慮なく表現しつつストーリは展開する。韓国の国民性とか社会事情の描写はこの監督の持ち味。その後の成功の片りんを感じる。
主演のペ・ドゥナは、観客を爽やかな気持ちにさせる演技だった。
ペ・ドゥナが好きだからー!
過去数回鑑賞
監督と脚本は『グエムル 漢江の怪物』『パラサイト 半地下の家族』のポン•ジュノ
ポンジュノ監督の長編映画初作品
犬を飼うことが禁止されている団地で犬の鳴き声が聞こえる
規則を破り犬を飼う住人がいるのだ
大学の非常勤講師はそれが許せなくて犬をこっそり盗み殺そうとしたが殺せず地下室の家具に閉じ込めてしまう
飼い主の少女から犬探しの相談をうけたペ・ドゥナ演じる団地の管理事務所職員は少女の代わりに迷い犬を探しているというポスターをあちこちに貼った
そんなある日に双眼鏡で団地を監視していると黒い小犬を屋上から落とす大学の非常勤講師を目撃してしまう
なんやかんやで非常勤講師は妻が飼い始めた犬を散歩中にはぐれてしまい管理事務所経理と共に探すハメに
犬が好きで好きでたまらない人にはおすすめできない
犬死にとかお犬様を蔑称として使うなんて許さないと日頃お怒りの人にもこの作品はおすすめできない
犬を虐待する惨いシーンが多い
犬鍋には卒倒してしまい最悪嫌韓になるかもしれない
コメディーならばと気軽に観ない方が良い
現代劇で犬食文化を扱えるのは韓国映画ならでは
邦画でも『花よりもなほ』で貧乏長屋の人々が犬鍋を食べていたけどあれ江戸時代を舞台にした時代劇だし
犬食は野蛮だから懲らしめようという考えは西洋人の感覚であり日本人が加担してはいけないしむしろそういう独善的な考えの方が野蛮
映画comによると原題は『Barking Dogs Never Bite』だがそれは間違いで韓国語を直訳すると『フランダースの犬』が本当の原題らしい
なぜそのタイトルにしたのかポン・ジュノ監督の説明でもよくわからない
監督が子供の頃に観た日本のアニメ『フランダースの犬』とこの映画の内容にどんな関連性があるのか
犬が数匹ほど登場し大学の非常勤講師がカラオケで『フランダースの犬』の主題歌を歌うのだが釈然としない
ダリほどちんぷんかんぷんではないが見た目に似合わず奥深いクリエイターだなと
2000年の作品
ペ・ドゥナの出世作
この作品でペ・ドゥナの存在を知る
当時20歳くらいの若手
初鑑賞はタイトルにも惹かれたがほぼジャッケットのペ・ドゥナの表情だけで鑑賞することを決めた
彼女に一目惚れしたのだ
ペ・ドゥナの表情を見ればコメディーかそうじゃないかわかる
他の韓国の役者とは一線を画す強烈な個性を放つ名優それがペ・ドゥナ
団地の廊下や階段で追いかけっこする赤い非常勤講師と黄色いペ・ドゥナが印象的
追いかけるペ・ドゥナが住人の開いた扉に衝突するという全員集合前半のコントでよく見た志村やいかりやみたいなシーンは好き
さらに管理事務所で鼻の穴に紙を詰めてるペ・ドゥナ大好物
非常勤講師に犬を渡すときの笑顔がとても可愛い
無闇に唾を吐くババアは印象的
ペ・ドゥナ演じるヒョンナムが慕うデブの姉貴分がよく着ているTシャツに大きくデザインされた数字の「5」も印象的
まるでストロンガー城茂TシャツのSのようだ
ポンジュノ監督の洒落た演出と音楽堪能
おしゃれで自己主張つよいフリージャズのオープニングからフリージャズで人が走る走る団地のチェース
主人公の男がカラオケで歌うフランダースの犬、ラストのカッコいい楽曲
2003年バブル時代に建設ラッシュでいい加減に建てられたマンション群、マンションいうても団地だな。ボイラーキムの都市伝説。この時すでに格差社会は広がるばかり。韓国は決まりを守らない国だ、というセリフ。犬を飼ってはいけないのに迷い犬の貼り紙貼れる。
なにはなくとも、頼れる人間関係の暖かさこれがポンジュノ監督作品らしさを醸しだす。
ヒロインと、お友達、勇気の証である車のサイドミラー
ヌナと呼べと迫るくるみ好きな献身的な妻
黄色いレインコートの応援団
電車で紙を配る困窮者の母親
貧困と、ルールを守らず肥え肥大していく権力者と富裕層
それでも、みんな少しの楽しみ、親しい人との関係を紡いで生きていくのだ
人間は、平等じゃないこと。
人は見た目が10割。賄賂、当たり前。弱者(ここでは妊婦、若い女性)は、リストラ当たり前。浮浪者、犯人で(余罪も)当たり前。そんな不平等が、当たり前。そんな世の中を描いた作品。本当の平等って、あるのかしら。
シュールリアリズムってやつですかね。最大限に説明を減らして見せると...
シュールリアリズムってやつですかね。最大限に説明を減らして見せるという、今までにない新しいものを感じました。
主役の方は、よくドラマなどで脇役で出ているような…。個人的には、電車の中で子供をおぶった中年女性が乗客の窮状を訴える文書を配るシーンに衝撃を受けました。韓国では、普通のことだったのでしょうか。あの状況ならついお金を渡してしまいますよね。
結局何が言いたいのだ、という意見もありそうですが、見てよかったと思います。さすが、ポン・ジュノ監督!
マンションで犬を飼わない方が良い理由
ポン・ジュノ長編デビュー作。
とあるマンションで起きる犬の連続失踪事件。
教授を目指すユンジュとその妻、マンションの管理事務所で働くヒョンナム、マンションの警備員、犬が唯一の家族であるお婆さん。
様々な人間のそれぞれのドラマが、一つのマンションで繰り広げられる。
可愛らしいパッケージにワンコ映画、そんなものに釣られてはいけません。
そもそも犬好きにはあまり勧められない。
最悪の(褒めてます)ワンちゃんダークコメディ。
この頃からパラサイトっぽさもあって、韓国の階層社会をマンションで表すのは流石。
上から下へ、下から上へ。
左から右へ、右から左へ。
ユンジュの赤い服とヒョンナムの黄色いパーカーの追いかけっこだったり、韓国映画らしからぬお洒落な音楽だったり、何かと芸術的。
鼻血や黄色のレインコート、脱げる靴や後ろ姿など、繰り返される事物は何かのメタファーのようだけど、何か分からず…
結局ストーリーも、説明しろと言われると難しい。
だけど面白い。理由は分からないけど面白い。
犬を誘拐して殺した奴が犬探しとかいう皮肉。
1番笑ったのが、「屋上の切干大根食べておくれ」。
まあ、観てみてください。
エンドロールもなかなか好き。
途中で強奪した、車のミラーをまだ持ってて、普通に鏡として使っているし、前述のお洒落な音楽が流れてたかと思ったら、急にロックっぽい音楽になるし。
本作を語る上で避けて通れないのが、ペ・ドゥナの可愛さ。
フード被ってるとことか、犬引き渡す時の満面の笑みとか。
これはガチ恋勢が現れるのも無理はない。可愛すぎる。
多分、ペ・ドゥナの可愛さもこの作品の重要な要素の一つなんでしょうな。
あり得なさそうであり得そうなそんなお話。
決して癒されるとか心温まる話ではないけど、定期的に観たい映画だった。
歪んでしまった韓国庶民の日常。ストレス社会なんですね。自殺率も高い...
歪んでしまった韓国庶民の日常。ストレス社会なんですね。自殺率も高いようです。
「韓国は規則を守らない国だからな」
中盤まではあまり大きな事が起こらぬ苦手系かと。しかし、なぜかどんどん引き込まれていく。追いかけっこはもうドキドキ(笑)
なるほどこれアカデミー監督の作品なんですね、納得。
BS12字幕版鑑賞
縦の映画
何度見たろう。
団地地下、地面、屋上への垂直軸の展開。
何階建てか分からぬ居住部を丸ごと只の大空間とする異様。
縦の映画、カリオストロ、ダイハード1の書式に軽くも辛い喜劇を落とす爽快。
病的な程の折り目正しさを今や世界一のポン・ジュノ らしさとするか。
堂々たる傑作。
【”犬を食べる文化”と”犬を飼うことにステイタス感を覚える文化”が共存する”国”で生きる人々の姿をシニカルな視線で描き出したブラックユーモア作品。】
ー安普請のマンションで気の強い妻と暮らすヨンジュ(イ・ソンジェ)は大学教授を目指しているが、気真面目過ぎて、学長に賄賂を贈ることが出来ず、そのポストを手中に出来ない。
妻からも軽んじられ(妊娠した妻から渡されたクルミを健気に割って食べさせている・・)鬱屈した気持ちが溜まっていく・・。
そんな中、朝から煩く吠える犬の声が気になって・・。-
・ユンジュがマンションの地下の箪笥に”隠しておいた”犬を”嬉々として”犬鍋にして食べるマンション管理人の姿。
ー犬食は、最近では下火になっているらしいが”ある階層の人々”にとっては御馳走らしい・・。赤犬が特に美味いそうだ・・。食べると体が火照り、滋養強壮には抜群であるそうである・・。
(且つて、彼の国の人達から私が、マッコリを飲み過ぎた翌朝に聞いた話である。)-
・愛犬が居なくなったと、マンションの管理事務所で働くヒュンナム(ペ・ドゥナ:すっぴんに見える・・)に届ける老婦人。何とか犬を見つけようとするヒョンナム。
■交わるはずのない、”黄色いカッパ”を着たヨンジュと”赤いフード”を被ったヒュンナムのマンション内での追いかけっこ。
巡り巡って、妻が退職金で買った犬スンシャを逃がしてしまい、黄色いカッパを着て、街中に”訪ね犬”のチラシを浮かない顔で張る、”黄色いカッパ”を着たヒョンナム。
ー随所に、ポン・ジュノのセンスがさり気なく描かれる。-
<何だ感だとありながら、
漸く教授のポストを手に入れたヒョンナムが、”暗幕を下ろして”学生たちにビデオを見せる講義の際の、虚ろな表情・・
”何だ、こんな事のために学長に賄賂を渡し、酒に酔ってナムグンは事故で命を失ったのか・・、もしかしたら自分も・・。”
と、管理事務所を馘首されたヨンジュが太っちょの友人と楽しそうにピクニックをする”光差し込む”風景の対比も印象的である。
韓国現代文化への皮肉も少し伺える作品。
”フランダースの犬”のあの曲が、何ともブラックに聞こえた作品でもある。>
■蛇足
ポン・ジュノの名が全世界に知れ渡った最新作の根底に流れる思想は、初長編監督作である今作から、既に示されていたのだな・・、と思った作品でもある。
犬鍋っ😱ひぇー‼️
17年前の映画だけど、その頃は韓国ってまだ犬を食べる風習があったのか?ひょっとして今も?何の映画か忘れたけど、韓国映画でやはり犬を鍋に入れて食べてたけど💦まぁ食文化は国によって違うから、、、日本だって地方によってはイルカ食べるし、外国からしたら信じられない事だろうけど。この映画のインパクトはやはり犬❗️犬鍋と、お尻から串刺しにしようとする場面や屋上から投げちゃうところ、とにかくショック😰
おばあさんが頻繁に唾をペッとするのも、よくある事なのか、ブラックジョークなのか。
教授になる為にケーキ🎂の下に札束忍ばせて貢ぐ。奥さんの退職金を、、、それで本当に教授になったようだが、これは事実を皮肉ってるのかジョークなのか😔よくある事ではないと思いたい。日本の時代劇で越後屋やらが饅頭の下に小判を入れて「御主も悪よのう」の世界と同じだぁ😩
音楽?効果音?が昔の映画の様なところは面白い。主人公がここぞという場面でフードのヒモをキュッと締めるところは可愛い、親友とのやりとりも面白い。
何処かで見たことある娘だ、誰だっけ?思い出した。空気人形のペ・ドゥナだあ。ちょっと雰囲気違うけど、どちらも可愛い。
食うな。投げるな。鍋にするな。焼くな。
原題は、ポン・ジュノが「なんとなく名付けた」と言う「フランダースの犬」。「Barking Dogs Never Bite
/Barking Dog Never Bites」は英語タイトルで、邦題はこっちを訳してますが、韓国のオリジナルポスターには「同床異夢」とプリントされてて。パラサイトではソン・ガンホが「寄生ではなく共生の映画」と発言するなんて言う事実から思うことは、やっぱり、ポンジュノってテーマ性に何か欠落してるとこ、あるよなぁ、と。
犬を憎み、うるさく吠える小型犬を処分した文系大学講師が、裏金を工面して教授になろうとする物語と、正義感に駆られ、ヒーローとしてTVに出たいのか、行方不明犬探しに必死になる女の子の物語。
ごめんなさい。少し悩んだんですが、あの3種のタイトルに、何がどこからどうやって結びついていくのかが解からないw
犬鍋の文化にゲゲゲ!になりますけど、小ネタやエピソードの面白さは抜きんでてると思うんですよね。団地の階段を血相変えて駆け降りる女子二人のシーンとか、無茶笑える。地下室と屋上の犬鍋は、地味に笑えるホラーw 地下の住人は「パラサイト」に繋がる発想でしょうが、この程度の話なら合理的に受け容れられるし、姉さん女房である講師妻の言動は、おかしかったりホロリンしたり。ここだけでも世界完結。とにかく飽きないし楽しい。
娯楽的見世物としては、個人的にはパラサイトより好き。B級単館系の愉しさにあふれてるし、なにより、ショートカットのぺ・ドゥナが口を尖らせる表情の可愛さが最高。
男には彼に尽くしてくれる妻が。女の子には全てを理解して受け入れてくれる親友が。二人とも、幸せもんなんですよね、結構。なんで、最後はほんわかな感じで「締め」になります。
ただ、タイトルの適当さがw
よって、そういう映画です。
細かいことは言いっこなしで、面白かった。
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7/9 追記
今日になって、英語タイトル&邦題の意味が分かった様な気がする。
キャンキャンわめく割に、何かを実行するでもなく行動も起こさない...
米国に対する北朝鮮の事とか。
米国に対する韓国の事とか。
韓国のIMFへの緊急融資要請は1997年。IMFは慈善団体などではなく、米ドル中心の世界経済秩序を維持する目的で、アメリカが主導して創設した機構。よって、IMFの活動はアメリカの影響下にあり、アメリカの利益のために存在すると言っても過言ではありません。1997年、韓国への金融支援に伴う付帯条件は、成長率の上限を設定されるもので、韓国の経済主権の剥奪とも言える内容。この時点で、韓国企業が稼ぎ出した金はアメリカを中心とした外資に吸収される構図が出来上がった様なもんで。韓国内では、政治家も銀行も財閥も、キャンキャン喚いてたんだろうなぁ、と。でも。何にもできない。
そんな社会に対する、皮肉なんじゃないでしょうか。
いずれにしても。
映画とは何の関係も無いw
わからん
むむむむむ。
わからん。
犬を軸にした、ある団地に住む人々の群像劇。
どこにハマればいいのか、わからんかった。
俺には、ポンジュノ監督は、まだ早いのか?
願っていることは、必ずしも願ったとおりには、ならない。でも、願ったとおりになることもある。って映画なのかな。なんだ、そりゃ?! 自分の理解力の低さが、悲しくなる。
きっと、次の「スノーピアサー」ならわかるだろうと期待して、ポンジュノ詣でを続けてみます。
タイトルの意味は?
なんとなくゆるい感じで身構えることなく見れた。
ただ、その中でも韓国社会への風刺が効いてる部分もあり楽しめた。
犬鍋という衝撃。ベタな食べ物の下に賄賂。そして、罪に問われるのは社会的地位の低い人間だけ。
てか、タイトル意味あんの?
半分はぺ・ドゥナ映画
個人評価:3.7
韓国の犬を食べる文化と、犬を家族として可愛がる人達が、一緒に暮らしている団地のアンバランスさをコミカルに描いている。
自分の都合で犬を憎み、犬を愛する自分本位な考え方の主人公の講師。その自分本位の考え方は、犬はペットとして可愛がるが、豚牛などの家畜は、平気に殺し食べる人間本位の考え方を対比させ表現している。
半分はポン・ジュノらしいテーマを描いているが、もう半分はぺ・ドゥナの為に作られたアイドル映画の位置づけだと感じる。
ネロに可愛がられながらも、社会の歪みで死んでいったパトラッシュになぞらえた原題も、皮肉たっぷりでポン・ジュノらしい。
全27件中、1~20件目を表示