未来世紀ブラジル : 映画評論・批評
2020年5月5日更新
1986年10月10日よりロードショー
※ここは「新作映画評論」のページですが、新型コロナウイルスの影響で新作映画の公開が激減してしまったため、「映画.com ALLTIME BEST」に選ばれた作品の映画評論を掲載しております。
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ダクトが這うディストピア――テリー・ギリアム監督が創出した「ブラジル」響く悪夢
聖夜のテロ、タイプライターのミスによる誤認逮捕と役人の破壊行為――わずか開始10分で、不条理な狂気の世界に否応なく引きずりこまれる。そんな絶望の中で聞こえるのは“あの曲”――繰り返し流れるアリイ・バロッソ作曲「ブラジル」の甘美なメロディが、いつまでも耳から離れない。
物語の舞台は、徹底的な情報管理が敷かれた近未来。情報省記録局で働くサム(ジョナサン・プライス)は銀色の羽をつけたヒーローに変身し、謎の美女と出会う夢を見る。ある日、情報省にやってきた女性ジル(キム・グライスト)が、夢の中の美女と瓜二つだと気付く……。「未来世紀ブラジル」には、テリー・ギリアム監督の情報管理社会への痛烈な批判がこめられている。舞台設定は「20世紀のどこか」だが、鑑賞者はその狂った社会に既視感を覚え、戦慄する。歴史の上で様々な独裁国家が繰り返してきた、または今もどこかで進行している“悲劇”がオーバーラップし、現代に警鐘を鳴らし続ける。
劇中ではギリアム監督のユーモアやギミックが炸裂し、システムが個人を破壊する、恐ろしくも滑稽な社会の形があぶり出されていく。どこかレトロなディストピアのビジュアルも秀逸で、あらゆる場所に張り巡らされているダクトは象徴的だ。ダクトを隠すために世界は無機質な壁で覆われ、貧困層の住居ではむき出しに。ダクトは厄介な邪魔者だが、資源や情報を供給するダクトに人間は依存せざるをえない。与えられるものを受け入れるしかない人々の無知や弱さが、国家を補強しているのだ。
コミカルでぶっ飛んだシーンの直後、身も凍る惨事が勃発する。この予測のつかないリズムがたまらない。終盤では、ジルを匿った罪で囚われたサムをテロリストが救い出し、サムとジルの逃避行が始まる……かと思いきや一転、サムが迎える衝撃の結末が提示され、絶望のどん底へとたたき落とされる。ハッピーエンドを望むユニバーサルとギリアム監督の意見が決裂したエピソードは有名だ。
ギリアム監督の作品では、夢に憑かれた主人公が悪夢的状況に巻きこまれていく。妖しく美しい世界の中で、夢のきらびやかな部分だけではなく、恐ろしい代償が浮かび上がる。疑問を抱かず淡々と職務をこなしていたサムは、拷問で死んだ無実の男の家族に向けられた怒りやジルとの出会いによって、初めて現実に目覚め反逆する。「逃げるんだ。どこかへ」と呟いたサムにギリアム監督が用意した居場所はあまりにも残酷だが、問題を直視せず夢に溺れていた男に、確かに罰が与えられたのだ。
(飛松優歩)