砦の29人

劇場公開日:

解説

マーヴィン・H・アルバートの原作を彼自身と、ミッチェル・M・グリリケスが共同で脚色、「野のユリ」のラルフ・ネルソンが監督した西部劇。撮影はチャールズ・F・ウィーラー。音楽は「ハーロー」のニール・ヘフティ、出演は「いつか見た青い空」のシドニー・ポワチエ、「卑怯者の勲章」のジェームズ・ガーナー、「十二人の怒れる男」のデニス・ウィーバー、「野いちご」のビビ・アンデルソン、「野郎ぶっ飛ばせ」のビル・トラヴァース。製作は、ラルフ・ネルソンとフレッド・エンゲル。

1966年製作/アメリカ
原題または英題:Duel at Diablo
配給:ユニヴァーサル
劇場公開日:1966年6月18日

ストーリー

レンズバーグ(ジェームズ・ガーナー)は、友人のマカリスター中尉に呼ばれてクリール砦へ行く途中アパッチ・インディアンに追われる女エレン(ビビ・アンデルソン)を救った。ところが、1年以上もアパッチ族の虜になっていたというエレンは、夫のグレンジが待つ砦よりも、アパッチ集落へ帰りたがっていた。しかし、レンズバーグは、一応エレンをクリール砦へ同行させた。さて、砦へ着いてみるとマカリスターはレンズバーグに無惨に剥がれたインディアン女の頭皮を見せた。ちょうど、そばにいた黒人兵トーラー(シドニー・ポワチエ)は、好奇心のあまりそれを売ってくれとレンズバーグにたのんだ。レンズバーグは、そんなトーラーを激しく撲り倒した。その頭皮は彼の妻のものであったのだ。マカリスターの話では、その頭皮はコンチョ砦に新しく赴任してきた保安官クレイから手に入れたというのだ。折しも、クリール砦では、新兵や食糧などを補給するために輸送隊がコンチョ砦へ向うところであった。妻の死の真因をただすため、レンズバーグがこれに同行したのはいうまでもなかった。そんな夜、エレンが馬を盗んで砦を脱走した。一方、輸送隊より一足早くクリール砦を出発したレンズバーグは、まずアパッチの動向を探るため、その集落へ向った。集落には砦を脱出したエレンがいた。エレンは、1年余の捕らわれの生活の間に、酋長チャタの息子と結ばれ、子供まで生んでいたのだ。が、集落には、このエレンや、女、子供以外に人影はなかった。すでにアパッチは輸送隊襲撃に向かっていたのだ。レンズバーグは、ただちにコンチョ砦から、救援隊を組織し、輸送隊との合流地点ディアブロ渓谷に向かった。そこでクレイと会ったレンズバーグは、妻の頭皮を剥いだ張本人が、グレンジなのを知った。だがレンズバーグが救援隊と共にディアブロ渓谷に着いたときには、輸送隊はほとんど全滅し、グレンジも最早虫の息であった。レンズバーグは苦しみ、自殺するための拳銃を貸してくれと哀願するグレンジのもとに拳銃を置いて立去った。やがて背後に銃声が起こった。すでに戦いは終わっていた。生き残った数少ない兵士と、酋長チャタを含む4人の戦士たちは、声もなくディアブロ渓谷を後にするのだった。

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映画レビュー

2.0「ソルジャー・ブルー」への過程的作品か…

2022年5月5日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

私にとっては幻の映画だった
「ソルジャー・ブルー」が
ようやく観れた結果、この映画も
ラルフ・ネルソン監督作品と知り鑑賞。

しかし、この作品名は原題も原題だが、
29人の兵隊数から発想しただけに感じる
全くのセンスの欠けた邦題に思える。

主役の男女それぞれの異民族との異性交流と
それを妨げる理不尽な人種差別意識、
拉致で引き裂かれた夫婦愛の復活と終焉、
騎兵隊士官の統率力の発揮と頓挫、
先住民の保留地強制移住に対する反発蜂起、
等々パラレルに織り込まれたが、
全てが中途半端で
混血の赤ん坊に
次の時代の希望を託したものの、
残念ながら作品としての出来は
まとまりが悪く
二流レベルに留まったイメージだ。

「野のユリ」「まごころを君に」の
ラルフ・ネルソン監督作品にしては
余りにも論点が散漫な印象だが、
西部劇としてはその反省から、
あの問題作「ソルジャー・ブルー」が
生まれたのだとしたら
意味ある作品でもあったのかなと思った。

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