山下少年物語

劇場公開日

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解説

柔道王・山下泰裕選手の波乱に富んだ少年時代を描く。監督はこの作品で脚本も執筆している「ふしぎな國・日本」の松林宗恵、撮影は「菩提樹の丘」の加藤雄大がそれぞれ担当。

1985年製作/101分/日本
配給:東宝東和

ストーリー

昭和32年6月1日、午前8時。熊本県上益城郡矢部町浜町で男の赤ちゃんが産声をあげた。山下六男と妙子の間に初めて生まれた子で、体重は3Kgの標準児。名前は祖父の泰蔵と陛下の一字をいただいて泰裕とつけられた。泰蔵はどんな方法を使っても初孫を強く丈夫で克己心のある子に育てたいと願い、様々な手段を試みた。だが近所の人々は赤ん坊を殺す気かと非難した。泰裕はすくすくと育ち「熊本県赤ちゃんコンクール」で最優秀賞に輝くまでになる。昭和37年4月、保育園に入園した泰裕は元気がよすぎて、仲間をいじめることもあった。泰蔵はそんな泰裕を心をこめて諭し、弱い者を助けることを教えこんだ。昭和39年4月、泰裕は小学校に入学、林先生を始め素晴しい先生にめぐまれて才能を次第に開花していく。四年生になった彼は、ふとしたことから柔道の藤壷道場に通いはじめる。そして、めきめきと上達し県大会等で優勝を重ね、ここで中学・高校を通して師と仰ぐことになる藤園中学の白石礼介監督との運命的な出会いを得る。より大きな夢を求めて、泰裕は友達と別れ一人、熊本市の藤園中学に入学。泰蔵との二人暮らしの生活は、朝から晩まで厳しい練習を積む充実した毎日であった。藤園中学は泰裕の力で全国大会に優勝し、泰裕は一躍「昭和の三四郎」と噂されるようになる。百戦百勝の快記録を持った泰裕は、白石監督について九州学院高等学校に入学した。二年生になり、東海大学付属相模高校から転入を誘われる。泰裕は家族や仲間たちとの別れに悩み苦しむが、東京に出て柔道修業をすることを決意。相模高校に転校した。

全文を読む(ネタバレを含む場合あり)

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