山口組三代目

劇場公開日:

解説

暗黒街を席捲し、日本ヤクザ史上、最強最大の組織をつくりあげた、山口組三代目・田岡一雄の自伝の映画化。脚本は「昭和残侠伝 破れ傘」の村尾昭、監督は「釜ヶ崎極道」の山下耕作、撮影も同作の山岸長樹がそれぞれ担当。

1973年製作/88分/日本
配給:東映
劇場公開日:1973年8月11日

ストーリー

大正三年、徳島の寒村に生まれた田岡一雄は、幼くして両親と死に別れ、神戸の叔父・河内和四郎にひきとられて育った。高等小学校を卒業した後、川崎造船に勤めたものの、上役と喧嘩して飛び出した。そんなある日、同級生だった山口組二代目山口登の弟秀雄と再会、山口組のゴンゾウとなった。喧嘩の強い一雄は、仲間から“クマ”の異名をとるようになった。そんな無鉄砲な一雄に目をつけた二代目は、一雄の身柄を舎弟頭の古川松太郎に預けた。当時の山口組には、灘波為之助、渡辺藤吉、森川盛之肋、中本虎一、小田久一、大長三兄弟と呼ばれる一男、政吉、八郎等屈強な若衆がいた。古川の家で若衆として修業して二年が経ち、一雄は一人前になった、ということで彼を兄貴と慕う岡精義と共にアパートへ移った。ある日、二代目が後援会長をしている大関玉錦が宝川に喧嘩を売られたが、二代目から喧嘩を禁じられている玉錦は、思いあまって二代目に相談に来た。丁度居合わせた一雄と久一は、玉錦に変って宝川に決着をつけるのだった。昭和八年、海員争議の調停を行っていた二代目が、組合側に負傷させられた。怒った一雄は、組合争議本部に乗り込み、組合会長めざして斬り込んだ。この事件は、裁判では単に個人的な喧嘩ということでけりがつき、一雄は懲役一年の刑を受けた。そして一年後、出所した一雄は正式に山口組の本家の若衆として迎えられ、二代目と親子の盃を交わした。そして、八郎の粋な計いで、かねてから好意を寄せていたふみ子と世帯を持った。やがて、広沢虎造の興行を成功させたことから、一雄は二代目の信用と人望を集めていった。ある日、酒乱でどう猛な八郎の兄、政吉が菊水座の売り上げ金を持ち逃げしたことから、二代目に破門された。一雄は何とか穏便に治めようとしたが、逆に一雄に斬ってかかってきた政吉に心ならずも傷を負わせてしまった。兄思いの八郎は、逆上して本家に乗り込もうとした。一雄と八郎は心の通じ合った仲間、だが、説得を聞こうとしない八郎のドスをさけた一雄は、自らのドスを八郎に……。仲間を手にかけた一雄は、自首し懲役八年の刑を受けることになった。昭和十五年の夏、広沢虎造の映画出演問題をめぐって、九州石政組と二代目が対立し、九州へ出向いた二代目が石政組の手にかかって、全身十八ヶ所の傷を負わされた。このことを獄中で知った一雄は、凄じい形相で歯を喰しいばるのだった……。

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映画レビュー

4.0歴史的価値もある同作品を令和の今、銀座のど真ん中(丸の内TOEI)で本作を上映した大英断も天晴ですね。

2024年11月11日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

興奮

2014年11月10日に、日本が生んだ永遠不滅の大スター・高倉健氏が83歳で亡くなってから10年。
「没後10年 高倉健特集 銀幕での再会」として11月7日(木)東映本社にある直営館丸の内TOEIさんにて19作品一挙上映。
貴重な私物も展示された贅沢な特集上映でしたね。
本日は代表作『網走番外地』(1965)と『山口組三代目』(1973)の二作品鑑賞。

◎『山口組三代目』(1973)
先に公開された『ゴッドファーザー』の影響を受け、実在する三代目組長田岡一雄氏の自伝を映画化。当時は『仁義なき戦い』よりもヒットしたようですね。
血なまぐさい実録映画ではなく任侠をまっすぐ貫いた侠客映画。
ストーリーも田岡組長をご存じの方々なら「あるある」話が満載なのでしょう、特に絡んできた大男を目潰しで撃退してから、さらに技に磨きをかけようと練習するシーンは微笑ましいのですが、目潰しを躊躇なくできるところに胆力のある人物像を表現していましたね。
東映二枚看板の高倉健氏と菅原文太氏の競演もみどころです。
当時も制作過程で警察とのひと悶着はあったようですが、歴史的価値もある同作品を令和の今、銀座のど真ん中(丸の内TOEI)で本作を上映した大英断も天晴ですね。

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矢萩久登

0.5『裏社会残酷物語』

2023年7月14日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:VOD
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マサシ