硫黄島(1959)
劇場公開日:1959年10月21日
解説
菊村到の芥川賞受賞作の映画化。硫黄島の悪夢をになって戦後に生きる一人の男の悲惨な運命を描く。「暗夜行路」の八住利雄が脚本を書き「倖せは俺等のねがい」の宇野重吉が久しぶりに監督した。撮影は「危険な女」の井上莞。
1959年製作/88分/日本
原題または英題:The Ghost of Iwojima
配給:日活
劇場公開日:1959年10月21日
ストーリー
戦後六年、戦争の悲惨な爪跡は人々の脳裏からまだ去らない。東亜新聞の新米社会部記者武村均は、行きつけの飲屋“のんき”で不思議な男を知った。片桐正俊というその男は「記事にしてもらえませんか」とこんな話をした。--人肉が腐臭を放つ硫黄島、全員玉砕の報をよそに片桐ら六人の日本兵が洞窟にかくれて生死の境を彷徨していた。ある日、片桐は同胞の木谷と食糧探しに出た。帰ってみると四人の同胞は火炎放射器で焼き殺されていた。数日後、二人は米軍に投降した--。別れぎわ、片桐は近々、当時書いた日記をとりに硫黄島へ行くと武村に話した。これが本当ならトピックだ。武村は富田デスクと相談して、この記事を載せることにした。が、間もなく硫黄島には行けそうもない、という片桐からの電話。記事は取止めとなった。それから数カ月、武村は呆然とした。他社のトップ記事に片桐が硫黄島で死んだとあったからだ。不可解な片桐の行動。片桐が本当に語りたかったのは何か? 武村は、その真実を探ろうと決心した。まず、湘南で板前をやっている木谷を訪れた。木谷が語る硫黄島--生き残った片桐と木谷は死んだ日本兵の水筒の水を飲んだり、乾パンをひきずり出して生きていた。ある日、木谷は悲鳴ともつかぬ片桐の叫び声を聞いた。死体が動いたというのだ。その死体を自分が殺したと片桐は苦しんだ--。片桐は日記なんか書いていなかったとも木谷は言った。ついで武村は、森という、片桐とは恋仲であったらしい看護婦がいることを知って彼女を訪れた。森の兄と片桐は硫黄島で一緒だった。復員した片桐は兄を失った森を慰めた。そんな片桐に森が求愛した。が、片桐は僕たちは結婚してはいけないんだという電話を最後に去っていったという。片桐も森を愛していたらしい。それなのになぜ彼は愛を拒絶したのか? それに硫黄島へ行ったのはなぜか?自殺か過失死か?武村には解らないことばかりだった。片桐が働いていた工場を尋ねた。そこで武村は、森が、片桐が殺したと苦しんでいた戦友の妹だったことを知った。武村は片桐が次第に理解できるようになった。が、硫黄島で木谷と片桐は互いに隙を見て殺そうとしていたことを木谷から改めて知った武村は、再び解らなくなった。疑問の解けぬ武村に同僚の牧山記者が言った。--片桐は硫黄島へ行って、何かの声に自分を裁いてもらいたかったのだ。戦争に行ったものは誰だって忘れられないんだ--。片桐は戦争の罪悪におびえ死んで行ったのだ。武村はそこに片桐の心の日記を読み通した気持になった。その夜、武村は“のんき”でやるせない気持を抱いて酒を飲んでいた。