劇場公開日 2007年3月24日

「チョコレートは大切だ。ん?ココアか?」ブラックブック kossykossyさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0チョコレートは大切だ。ん?ココアか?

2018年10月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 ポール・ヴァーホーベン監督と聞いてまず思い出すのが『氷の微笑』、『スターシップ・トゥルーパーズ』。そして『ショーガール』でラジー賞を総なめしたときに、誰も受け取りに来なかった同賞なのに本人が授賞式に現れて大喝采を浴びた人物として有名だ(彼に次いで有名になったハル・ベリーも偉い!)。その彼が本国オランダに帰り戦争映画を撮るのだから、残酷描写のオンパレードになると想像していたのに、ちょっと違っていた。反戦、反ナチ映画として捉えるよりも、寧ろ戦争を背景にしたエロティック・サスペンスとして観るほうが正解なのかもしれません。

 主人公は元歌手のユダヤ人女性ラヘル(カリス・ファン・ハウテン)。ユダヤ人であることを隠すためにエリスと名を変え、髪もブロンドに染める。序盤ではナチスからの逃亡やユダヤ人虐殺、そしてオランダのレジスタンス狩りの描写によりテンポよく進むのですが、冒頭で10年後の彼女の元気な姿が映し出されるので、殺されるんじゃないかという緊迫感は欠ける。それよりも周囲の人間が殺されゆく現実と、レジスタンスに加わり、ナチ将校ムンツェ(セバスチャン・コッホ)の愛人となるスパイ活動に興味が注がれるのです。

 功を奏し、ドイツ軍諜報部に出入りできるようになったエリス。そこで出会ったフランケン(ワルデマー・コプス)という男は彼女の一家とユダヤ人たちを惨殺した男だった。しかもパーティ会場でフランケンの弾くピアノ伴奏に合わせてエリスが歌うという奇妙な運命のめぐり合わせ。家族を失った悲しみの演技が面に表れなかったのに、フランケンに対する憎悪の念とスパイとして楽しく歌わなければならないという自己葛藤の複雑な表情がたまらなくいいのです。

 物語の核心となる部分は、レジスタンスの指示によりフランケンのオフィスにエリスが盗聴器を仕掛け、収容されているレジスタンス仲間40人を救出する計画が内通者の存在により返り討ちに遭ってしまうところです。一体誰が内通者なんだ?と疑わしき人物を推し量る。しかも巧妙な罠にはめられ、エリスが裏切り者とされてしまうのだ・・・

 エロティックな場面もなぜか印象に残ってしまう。特に髪をブロンドに染めるだけじゃなく、アンダーヘアまでブロンドに染めなきゃならないシーン。これはもうさすがヴァーホーベンだと言うよりほかない。20年以上も暖めておいた企画だというのだから、数々のアイデアが他の映画に影響してしまったのでしょう。随所に他の映画を彷彿させるシーンがあったことに喜んでしまいます。クロロホルムなんてのも『インビジブル』で使われてませんでしたっけ?

 棺桶の中に入り死体を装って検問を突破、インスリンとチョコレート、パーティのマイクと盗聴マイク、等々の小ネタがピリリと効いていたことも印象に残りました。そして、ドイツ軍がレジスタンスのことを“テロリスト”と呼んでいたことも興味深いし、「報復しない」とか「交渉」とか現代的なテーマも隠されていました。また、ラストシーンのイスラエル軍に象徴されるように、ユダヤ人の戦いは永遠に続いていることが悲壮感を盛り立ててくれました。

kossy