「これぞ!原作付きの映像化に望むもの」007 カジノ・ロワイヤル pipiさんの映画レビュー(感想・評価)
これぞ!原作付きの映像化に望むもの
うわぁ、全然違う〜。それが冒頭数分間を観ての率直な感想であった。
ティモシー・ダルトン2作目「消されたライセンス」のレビューに、私は下記のように書いた。
「前作で原作尊重の原点回帰を果たしたが、リアリズムを追求すればするほど『荒唐無稽なファンタシー』『そんなんあり得ないだろー!とツッコミ入るくらい男のロマンを盛り込んだご都合主義』『ユーモア溢れる明るいスパイ活劇』という、コネリー&ムーアが築いてきた『007映画』という伝統から外れてしまうんだなぁ。」と。
然るに!本作はそのような『007映画の伝統』を完っ壁に脱ぎ捨ててきた!
オープニングでは、シリーズの伝統であった女性シルエットを用いず、徹底的に男性(ボンド)シルエットのみである。スーツは吊るし、酒はマウントゲイのソーダ割り、時計はオメガだが007がオメガを使うようになったのは「ゴールデンアイ」以降だしロレックスと比べれば庶民にも手が届く範囲に思える。ロジャー・ムーアがコネリーボンドとの違いを出してきた時のような「ちょっとズレ」ではなく、徹底的に違うのだ。
隙のない洗練された紳士ではなく、荒削りな庶民派の兄(あん)ちゃんだ。
女性に対してもクール。美女よりも任務最優先。
なるほど、まるで別作品だと聞いているしなぁ、、、と思いつつ、とりわけ女性対応に重点を置きながら見ていたが、しかし、完全なる冷血漢とゆーわけでもない。それどころか天然タラシの素養は充分に持ち合わせている。そして何より女性に対してたまらなく優しい、、、!いや、これって原作そのもののボンド?
そうこうしているウチに、出てくる出てくるアストンDBS!
タキシード!ワルサーP99!
そして、そして「ヴェスパー・マティーニ!」
00要員に昇格したばかりの未熟な若武者が、どんどん我らの知っている「ジェームズ・ボンド」になってゆく!
そうか!だから原作小説イアン・フレミングの「第1作品目」か!
「新生ボンド」を生み出すのにこれ以上のシナリオはない。だって、誰しもが知っているボンドの「前日譚」で良いのだから。
007ジェームズ・ボンド誕生のストーリーを描いた映画は未だ存在していなかったのだから!
単に、映画版権絡みで紆余曲折あった不遇の第1作として選ばれたのではなかったのだ。
そう気付いた時、監督と脚本陣に多大な拍手を贈りたくなった。
作品の中身に目を向けてみれば、序盤、アフリカの工事現場を舞台とした高所アクションも実に良い。
大航海時代の水夫は、帆船のメインマストからヤード、シュラウドを自由自在に移動出来ねばならないという話が思い浮かんだ。そう考えれば高所アクションはイギリスの伝統的お家芸か。
爆弾密造人役のセバスチャン・フォーカンはパルクール産みの親の1人だそうで、おかげでダニエル・クレイグも走る、走る。
どれだけ自動車相手に走るシーンがあるんだ!とマンネリに感じ始めた頃から上手くカーチェイスに移行する。
DBSの7回転切り揉みシュートもお見事!カースタントさん、ご苦労さん!である。なんとギネス記録だとか。
(80年代以前は、目上に対しても「ご苦労様」は普通に使用する言葉でしたので敢えて使います。上から目線で書いてるわけじゃありませんよ。だって本当に大変な苦労でしょう?あの技術は。90年代以降に生まれた「マニュアル暗記のビジネス用語」はどんどん日本語をおかしくしているぞ?)
スカイフリートの株操作は、現在のボーイング社が安全な飛行機を造るハズの「エンジニアリング企業」から株価を釣り上げる事に血道を上げる「金融マシン」へと体質を変えてしまった皮肉を思わせる。
架空の航空機であるスカイフリートS570のベース機はボーイング747-200であるが、2018年〜19年に2度も墜落事故を起こしながら運用され続けた737MAXを想起させた。
本作は2006年か。未来予知ではないが21世紀らしさを見事に描いているね。
アクションだけじゃなく、練り込まれたドラマと、人間模様の細やかな感情の機微も描き込まれている。
小物に見えてしまうル・シッフルでさえも、オーソン・ウェルズ(1967のカジノ・ロワイヤル)の役柄に比べたら充分に存在感がある。
そしてラスト・シーンにて、ついに(ようやく!)おなじみの決め台詞登場!そのまま突入するエンディングにてボンドのテーマが流れる。
うっわ〜!こう来たかぁ〜!
21世紀に合わせた新生ボンドに生まれ変わらせておきながらも、その一方で見事に『007』を継承しているではないか〜!
伝統をまったく無視した別作品などではなかったのだ。
レビュー冒頭、「原作回帰のリアリズム」と「荒唐無稽なユーモアスパイ活劇」を対比させたが、イアン・フレミングの原作もそんなにしっかり固茹で卵と言えるのはこの「カジノロワイヤル」だけなんだよね。そのままいけばチャンドラーやハメットの系譜に並んだかもしれないが、フレミングはそれよりもむしろ「大衆娯楽小説」を書く事を望んだ。だから作風はどんどん映画に近いファンタシー路線に近づいていく。
だから、マーティン・キャンベル監督と3人の脚本家達が本作を見事なハードボイルドに仕上げてくれた事は大変嬉しい。
原作のボンドは当初から一流の腕利きだが、作中の回想で00ナンバーに昇格したトピックが登場する。映画ではそこにスポットライトを当て、タキシードを着るまでのボンド物語を前半たっぷり使って新たに創造し、カジノロワイヤルのシーンを中盤に持ってくるなど実に上手い構成だ。(ヴェスパーはボンドが結婚を考えるほど愛した女性、というのは原作通りです。アレンジは非常に秀逸ですが。あ、拷問も原作通りです。監督&脚本に罪はありません。苦情はお空の上の原作者へw)
これこれ!これですよ!原作付きの映像化に望むものは!
「解体・脱構造化・再構築」とはこうであって欲しいの!
原作の魅力を余すところなく注ぎ込みながらも、手を入れるところは想像の翼を広げてアレンジする。
しかし、新しく造った部分も原作との整合性は見事に取れている。表面的な部分は大幅に変えていても、根幹の大事な部分は変えていないから本当に嬉しくなってしまうんだ。
しかも本作は、長らく乖離していた原作と映画の作風の違いまでもすべて飲み込んで1つにまとめてくれた!ダルトン・ボンドやブロスナン・ボンドで監督達が悩み、やろうと腐心した事をついに昇華させたのだ。本作は007映画史上において、大変重要な快挙を成し遂げたと言えよう。
見始めた時には、カーク船長とミスタースポックのスタトレがピカードとライカーのジェネレーションズになった時くらいの「新生」感を感じたが、エンディングではすっかりショーン・コネリーの血脈を受け継ぐ「正統派007」として受け入れている自分がいた。
(これを機に「消されたライセンス」にも初めて007の冠がついた。それならいっそのこと「ネバーセイ・ネバーアゲイン」もラインナップに加えていいんじゃないの?と思うが、やっぱりそれはまた別問題なのね。本作でフィリックス役に初めて黒人が起用という記事を読み、「あれ?そんな事ないはず。過去にも黒人フィリックスいたよ?」と思ったのだが、あれはネバーセイだったか。)
スカイフォールが最高傑作だと聞くから評価は厳しくしておくかな?と悩んだが、これに星5をつけねば自分のレビューすべてを辛口評価に変更せねばなるまい。
キャスト・スタッフ、すべてに感謝したい素晴らしい作品である。
007は自ら炎で身を焼くフェニックスのように、ここに21世紀作品として見事な転生を成し遂げたのだ。
pipiさん、スゴいです。メチャメチャ詳しいですね‼️原作まで読んでいらっしゃるなんて流石です。
ダニエル・ボンドは正に再構築でしたね。次のボンドが誰になるか、いったいどうなるか、今から楽しみです✨
レプリカントさん、ありがとうございます〜!
はい、ようやくここまで辿り着きましたw
評判だけ聞く分には「過去作品とはまるで別物」という事ですが、それは違いますね。007として本当に大切なエッセンスはきちんと継承している。
過去作品にも原作にも敬愛を持ち、すべてを大切にしながら21世紀という時代にあった新作を生み出す。
ただ「よく出来た映画」というだけではない、本当に偉業を成し遂げたなぁ!と感嘆します。
私も別に特別007ファンってわけじゃないんですが、こうやって文化を大切に受け継ぎ、次の世代に繋ぐという事には大変な価値を感じますね。