偉大な映像遺産である。イタリアの巨匠ルキーノ・ヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」「ベニスに死す」に続くドイツ3部作の最終章にあたる大作だが、日本では最晩年の「家族の肖像」「イノセント」より遅れ、制作から8年も経って漸く公開された。しかし、それもある意味納得の内容であった。ナチス・ドイツが財閥の鉄鋼会社を意のままに侵食する醜悪なドラマ「地獄に堕ちた勇者ども」のデカダンスの凄みや、トーマス・マン原作の映画化「ベニスに死す」の美への殉死の厳しさと比較して、19世紀後半に生きたバイエルン国王ルードウィヒ2世の半生は謎が多く、その王族描写の豪華絢爛さは余りにも浮世離れしている。ヨーロッパ文化の造詣が深い貴族ならば、すんなり理解し楽しめるのではと、後退りするくらいなのだ。ヴィスコンティ監督は、北イタリアのミラノ出身の貴族の出自からか、ドイツ趣味の強いイタリア人のイメージがあり、それ故ドイツを題材に3作品も映画制作したようだ。トーマス・マンの「魔の山」の映画化も企画にあったという。個人的には、その「魔の山」と「ブッデンブローク家の人々」のヴィスコンティ映画も観たかった。
しかし、謎の国王ルードウィヒ2世をこの映画で知る面白さは、他の監督では望めるものではないのも事実である。従妹エリザベートを愛しすぎて、他の女性に興味を示さないホモセクシュアルな面が、中世から伝わるヨーロッパ王族文化の終焉に符合する時代の証明。政治や他国との交渉に関心なく、ロマン派音楽の異端的天才ワーグナーの背徳的音楽に夢中になり、パトロンとなる。贅沢を極めた優美なお城を作り、その城に籠って華美な装飾に囲まれる孤独な王。戦争が起こっても自ら指揮を執ることなく、批判するだけの無関心さは、国王を約束されて生まれた自分を否定するものであろう。これらを限りなく本物の美術セットとロケーションで映像化できるのは、ヴィスコンティ監督だけである。特筆すべきは、このルードウィヒを演じたヘルムート・バーガーが役柄に嵌り、彼の俳優経歴の最高の演技になっている事。特に後半の狂人のような容姿になってからの成りきりは凄みがある。歯がボロボロになった国王の姿など、細かい描写も興味深い。そして、このバーガーの演技に並んで、絶頂期の美しさでエリザベートを演じたロミー・シュナイダーの素晴らしさ。絶世の美女として名高いエリザベートの美しさと気品を演じられるのは、この時シュナイダーだけであったと思う。名演は、ワーグナーを演じたトレヴァー・ハワードにも当てはまる。耽美的でドラマティックな楽劇を創作した天才と、弟子の妻を奪った私生活の狡猾さの一癖ありそうな雰囲気が良く出ていたと思う。
美と芸術を愛したバイエルン王ルードウィヒと、19世紀ヨーロッパ王族文化の成熟と退廃にヴィスコンティ監督が愛情と共感を捧げ尽くした高貴な映像世界。静かな流れを重厚に描くその演出力。ヴィスコンティ監督に好かれた男女優の典雅な演技。失われたヨーロッパ文化の華麗さと贅沢さの神髄がこの映画の命である。
1980年 11月12日 岩波ホール