2001年宇宙の旅のレビュー・感想・評価
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体感する映像
NHK BSに「アナザーストーリー」という、一つのテーマについて、その舞台裏や真相を掘り探る1時間のドキュメンタリー番組があり、しばらく前に本作を取り上げ、その制作の舞台裏と後日譚をまとめていました。
本作には苦い思い出がありトラウマがあります。学生時代の数十年前、いっぱしの映画通ぶって、当時既に映画史上に残る名作とされていた本作に臨みましたが、さっぱり意味が分からず、まるで歯が立ちませんでした。
テレビ番組を見て、改めて正対してみようと思い至り、数十年ぶりに観てみました。
やはり原題にある“Odyssey”が示す通り、本作は、「知的仮想体験する宇宙旅行」というべき、言わば芸術的映像作品であって、映画作品ではないというべきでしょう。
私にとって「映画」とは、スジ・ヌケ・ドウサという映画の三要素により構成される映像作品ですが、本作にはスジとドウサが完全に欠落しています。
その一方で、ヌケによって観客に宇宙旅行を「知的仮想体験」させるために、徹底的に作者の目指す完璧を追及し尽した成果が見事に結実していると云えます。鬼才スタンリー・キューブリック監督と稀代のSF作家アーサー・C・クラークが、互いの理想を切磋し衝突させて研磨し尽した相剋による、将に奇跡の産物です。
技術的には、美術(Production Design)、視覚効果(Visual Effect)、音響効果(Sound Effect)の各職人たちの、持てる技の粋を究めた発露が錯綜して相乗作用に励起させたと思います。
作中に挿入される「美しく青きドナウ」の、文字通り美しく、実に耳に心地良い流麗な旋律は、軽快にして見事に蠱惑的で官能的であり、「ツァラトゥストラはかく語りき」の荘厳で重厚な旋律は、古典的にして見事に先鋭的で前衛的です。
私には、今回は、半世紀前の大阪万博の多くのパビリオンで上映されていた諸々の抽象映像を想起させるものでした。
もはや本作は、映画としての構成や制作意図を論じる作品ではなく、視覚と聴覚を120%鋭敏に張り巡らし、ただ体感すればよいものです。それは、恰も美術館で絵画や彫刻を鑑賞するのと同じです。
そう、将に本作は「観賞する」対象ではなく「鑑賞する」作品であり、「体感する」映像だということです。
ピクサー映画WALL:Eの中にオマージュが多いということで鑑賞。私...
ピクサー映画WALL:Eの中にオマージュが多いということで鑑賞。私には全体の内容を把握するには難しかった。しかし、この映画を人類が月に行く前に撮ったことは驚きだし、再現の撮影方法には驚かされる。また、音楽がとてもよい。
映画史上の最高作
「SF映画の金字塔」が本作の枕詞(まくらことば)になっていますが、それにとどまらず、映画史上の最高傑作であり、更には人類文化史上の大遺産でもありましょう(!)。
1968年4月の初公開時、テアトル東京の大画面に圧倒されながら観終わって、今、目の前に映っていたものが本当に映像に過ぎなかったのか信じ難く、金縛りにあったように身じろぎも出来ずにおりました。
翌年(1969年)の3月に凱旋興行と銘打って、同じテアトル東京で再上映があり、自由席・入れ替え無しになったこともあって、そこで更に3回は観ましたっけ。
(もう時効だから言いますが、この時、オープンリールのテープレコーダーを持ち込んで全編録音しちゃいました。ヴィデオは勿論、カセットも普及する前の時代。そのテープでも、音だけを繰り返し聴いたものです)
以後、2番館、3番館と落ちて来るたびに東京中の映画館を回って観続け、その年だけで23回は鑑賞しています。途中からはカット数をかぞえ出し、ついには絵コンテを描き……。
私的なことはどうでもいい、と言われそうですが、ともあれ、そこまで魅せられた理由、それをひとことで言えば、本作を鑑賞することは、映画が映画を超える瞬間を目撃する、ということなのです(!)。
なお、作品中で3回流れるリヒャルト・シュトラウス《ツァラトゥストラはかく語りき》の演奏は、カラヤン指揮/ウィーン・フィル(デッカ録音)です。最初に出た「サントラ盤」と称する物(ポリドール)には、ベーム指揮/ベルリン・フィルという全く別の演奏(DG録音)が入っており、次に出た盤(EMI、のちSONY)では、映画通りのカラヤン指揮/ウィーン・フィルが入ってはおりますが、英文は Vienna Philharmonic となっていながら、邦文はベルリン・フィルと誤記されています。要注意です。
星の数は「5」が最高ですが、本作には「10」ぐらい付けたい感じですね(笑)。
SF映画の金字塔の一つ
以前に観たので、感想を忘れてしまった。
しかし、SF映画の金字塔の一つということは、自信を持って言える。
実際の歴史の中で、米国がソ連に負けないために、ほぼ無茶振りで、有人で月の周回軌道に送り込んだ、1968年のアポロ8号の船長の名前が、ボーマンだったんだね(フランク・ボーマン)。当時のアポロ計画からのこんな引用があったとは知らなかった。(映画公開も同じ1968年)
解説から「…ディスカバリー号は、デビッド・ボーマン船長、フランク・プールら5人のクルーを乗せて…」
2022/11/7 加筆
加筆というか、観た! 川崎チネチッタ100周年記念上映。デジタルリマスター版を音量最高のLIVEZOUNDで!!ありがとう、チネチッタ。あらためて、本作のすごさを堪能した。
まず書いておきたい。冒頭と末尾の圧倒的な存在感。冒頭は音だけの何も映らない画面(目をこらしてみると、モノリスの影が映っているようだとわかる)。およそ1分だろうが、数分にも感じる時間。今思えば、これは宇宙開闢(かいびゃく)の瞬間をイメージしているのだろうか。月・地球・太陽の直列映像、そして、自然。人類の夜明け。朝明けの荒野。荒野のサル。肉食獣におびえ、同類どおしで水飲み場を争うだけの立場だったサルが、空から降りてきたモノリスにおびえつつも触れる。そして・・・ この人類誕生のシーンはぜひ劇場で観てほしいです。
さらにエンドロールが終了した後も数分続く音楽。これもすごい。他の映画では経験したことない。ただ、この壮大な映画を観た後にはあっているようにも思った。「宇宙のはるかかなたまで経験し、時間すら超越した旅をしてきた観客のみなさんに、音楽だけの数分間を与えますので、ゆっくりと現実の世界に戻ってきてくださいね」 という監督の声が聞こえるようなエンディングだった。
本編の際立ちは、やはりすべて背景音楽だけで魅せる宇宙旅行シーン。宇宙ステーションとのドッキングシーン、グリップシューズで歩く無重力状態、8つに割れる月面基地の屋根、声紋識別、ブースでのTV電話からパッドでの通信への進化、船外活動ポッド、液体から固体に進化する宇宙食・・・。1968年に撮られた映像なのに、衣服・髪型・化粧以外には、古臭さが感じられない。(さすがに、ごく小さいとは言えビデオカメラを持って撮影いるシーンは、「スマホが登場しカメラはスマホ内に吸収されていく未来」 まではイメージできなかったのか、それとも当時ではスマホで撮影していてもなにかを撮っているようには見えないからあえてカメラにしたのか・・・)
そしてあまりにも有名なHAL9000コンピューターの暴走。
「任務に疑問はありませんが、どうしても拭いきれない、腑に落ちないことがあります」 ・・
HALに与えられた二つの矛盾した命令。
・搭乗員と協力してミッションを成し遂げろ
・モノリス探索という真の目的は搭乗員にも秘密にせよ
HALはこの状況に対し「搭乗員の生命活動を停止してミッションを実現する」という選択をする…
「ロボットは人間を傷つけたり殺してはならない」というロボット三原則(の最初)は、HALには教育されてなかったんだね。
お、すごい。インターミッション(休憩)だ。140分で休憩があるのは、嬉しい。
後半は、宇宙空間は無音に対し、宇宙船内やポッドは音があるという明確な区分けが、メリハリあって気持ちよい。。
そして最終章 「木星、そして無限の彼方に」
響き渡る音が徐々に静かになり、呼吸音が大きくなり・・・ こういう場面切り替えが上手だよね。
ラストは、飛行士、食事をする男、床に臥せる老人、ゆりかごの乳児と主観が次々入れ替わっていく映像も魅力的。
観てない方には何が何やらわからないレビューになってしまっていますが、まあ、劇場でぜひ観てみてください。
星をつける事ができない
これを映画館で見たのは、小学生の頃。
その当時 周りの大人たちも 見終わってもただぽかーんとしていたり 感想を言えずにううむと唸って席を立っていた事をうっすら覚えている。
壮大な宇宙空間
その一部に 地球はある
漠然とした中にそういう印象だけが残った。
このたび ここのレビューを見て
一様にみなさんが高評価で
しかもこの古い20世紀の映画をIMAXで見た と言う。
そして この壮大で難解な作品に魅せられている。
そうなの?
そういう扱いの作品?
いやはや 驚いた。
これはもう もう一度見なければならないだろう
とは言え、
そんな事は出来るのだろうか。
私の 宇宙というものの視覚原点は
まさにこれであり
無音という名の宇宙音のような、言葉に出来ない空間を
幼いながらにただ体験した。
今思えば
この映画のストーリーは 追うものではないのかもしれないとさえ思う。
幼い子が
大人に連れて行かれた 例えば海外や どこか見知らぬ街。
そこに行った事がある、
そう言った経験であった。
もちろん だから 21世紀になれば
当然のように月にはアパートが立ち並び
親戚の誰かが住んでいるかもしれないと信じて疑わなかった。
今は
アトムもいないまま
もう2020年。
人の営みは 宇宙にとっては 瞬間でしかないと思い知る。
そして 科学は
想像とは違うが 非常に便利な物を多く生み出している。
やはり一筋縄ではいかない作品
クラシック音楽と(当時は)最先端だったSFがこんなにも合うとは。
1シーンが異様に長く、独特の緊張感を生み出している。
ラストがかなり難解…と思いきや、続編があったんですね。
とにかく映像が凄い
今まで何度か挑戦してはわりと序盤で寝てしまうを繰り返したこの作品。
さすがにそろそろ観られるのではとチャレンジしたら、1回目はやっぱり序盤で寝てしまった。
で、結局2回に分ける形でやっと鑑賞。
難解だから寝ちゃうとかじゃないんだよね。
とにかく1カット1シーンが長いし、その間ストーリーが進まない部分も多いから眠っちゃうんだよね。
なんでそんなヘンテコな編集をするかといえば、小説でいうところのト書き、設定や説明部分を全部映像で観せようとしてるから、必然的にシーンが長くなって、結果間延びした感じになってるんだと思う。
それだけに映像はCGでいくらでもリアルな映像が作れる2019年の今観ても圧巻。
一体どうやって撮ってるんだ??ってシーンも沢山あったし、本物の宇宙より本物らしい。
多くの人が名作っていうのも納得。
難解
キューブリック作品ということで鑑賞。よくわからなかった。途中で眠気に襲われたりして退屈。台詞が極端に少ないのは意図してやってることはわかる。でも最近の映画に慣れている自分にはただ無駄に長く感じてしまった。
IMAX版
最早この作品が50周年という古い作品であろうとも、
いくら映像CG技術が上がろうとも、
この映像体験を超える作品を製作する事は不可能でしょう!
この作品程大きなスクリーンで観る意味がある作品を私は知らない!
ノーラン監督が監修した70mmアン・レストア版の日本公開チケットが、
販売と同時に即完売という事態に落胆していたところに、
このIMAX版日本公開決定というニュースが!
歓喜乱舞して公開日を待っていました!
70mmアン・レストア版との違いは、フィルムとデジタル、
レストア作業無しとレストアして色調補正や傷修正等をしたモノ、
6ch(5ch+モノラル)と12chデジタルステレオ(劇場による)と、
IMAXの方が良い事尽くめ!因みにスクリーンの大きさも、
70mm版の日本公開劇場は4.60×9.70mという微妙な大きさで、
IMAXの方がでかいサイズで鑑賞出来るのでした!
上映方式もどちらも公開当時そのまま、
overture(序曲)、Intermission(休憩)、終映後の音楽まで有り。
日本のIMAXは実はアメリカに比べるとそんなに大きくない。
しかもシネマスコープになると、家庭用のモニターと同じで
上下に黒帯が付いてしまうという・・・(-_-;)
欲を言えば本場アメリカのIMAXのでかいスクリーンで観たかった!
でも、今日本でこれ以上の環境で鑑賞する事は不可能!
2週間の限定公開なので、
家庭の小さなモニターでしか観た事のない人は、
この機会に(公開終了したが、もしまた劇場公開されたら)
絶対に観に行って映像体験をしてほしい!
凄い映画。でもとてもスローテンポ
非常に有名な映画だったので、観てみました。
序盤30分間に渡って猿の映像が流れた時点でこの映画は只者じゃないぞと思いましたが、強烈な知的センスによって作られた作品でした。
まず公開年が1968年なのに、宇宙ステーションやらAIやらが2001年のものですと言われて全然違和感がない。
40年後の未来をこんなにリアルにイメージできるものなのか?
まだ人類が月にも行ってない時に。
衝撃的ではありますが、個人的には楽しめませんでした。
理由は全体的なテンポの遅さ。
無音の中、宇宙船がノロノロとステーションに接続するシーンが数分。
アベンジャーズなら10秒で終わるシーンだよとナンセンスな比較をしながら観ていました。
ラストシーンはやはりよくわからなかったので、色んな方の考察やレビューを見させていただきました。
宇宙をテーマにした作品というよりも、人類の進化をテーマにした作品だったのかなと思います。
ゼログラビティの仲間ではなく、火の鳥に近いのかもしれません。
真我
言わずと知れた、未だに全てのSF映画の最高峰。私はこれを小学生の時に映画館で観ている。久々にDVDで鑑賞。見る度に感じ方が違うからすごい。
モノリスによって進化した猿人が自我とエゴを手にして以来、人類は加速度的に進歩した。人類が生み出した究極のハルも、自己保存という自我とエゴによって暴走する。
思考に支配された知性の先にあるものは所詮エゴなのか。
三次元と四次元の間に存在するボーマン(人類)の意識が、高次元へ旅することはまさに「悟り」と言える。
完全に調和した宇宙には、それぞれに適した空間が用意されている。そこは快適で静かで穏やかだが、まるで「死」の世界。
だからこそ、そこの住人(かぐや姫もそう)は、生きとし生けるものが輝くこの不完全な世界(地球)を味わいたいと願うようだ。
ワクワクするような青い地球はスターチャイルドの最高の玩具みたいだ。
地球上では肉体というモビールスーツを着ることによって思考と感情(自我とエゴ)が肥大化し、真我が隠れてしまっている。しかし本来、我々はスターチャイルド。完全なる宇宙から生まれた真我の存在なのだ。
モノリスは高次元の木星と交信しながら、異次元移動する乗り物なのか?進化を促す道先案内人なのか?何にせよ、モノリスに触れると木星にアクセスできる。
地球環境が崖っぷちの危機に直面し、人類に進化が迫られる『今』。高次元の意識へのアクセスを体験できる、この名作の再登場か必要だと感じた。
劇場で見るのが醍醐味
最初はひどく退屈でベッドで視聴していたら寝落ちしていたことだろう。
見ているうちに映画というより一つの芸術品として見るようにしてから作品の楽しみ方が分かってきた。
意味が分からないシーンが多々あると思うが考察を見るとちゃんと理解できるし、視聴後に考察を見ているのも面白い。
No. 1トリップSF映画
普段あらすじから書くんですが今作に関しては無理です笑。
おそらく何度見返してもこの圧倒的な世界観と映像表現に口はあんぐり、目はトロリで最後まで記憶持ち続けられないんだろうなと思ってしまう今作笑。
また複数回見返す度にセリフが減っている気がする錯覚に陥り、ここまでセリフ無しで作品が成り立つこともすごいと思わせてくれる。
50周年を記念した2018年、まさかのIMAX上映を拝むことができて、死ぬまでに映画館で観たい作品リスト(キューブリック作品ほぼ全作笑)が一つ減らすことができて感無量だった。
もちろん前述の通り、HAL停止以降のあの映像群を前にして完全に意識を削がれ、半白目の失神手前の感覚で観てしまい、逆に気持ち良かったのは何にも代え難い経験だと思っている笑。
2014年11月09日(日)1回目
2018年10月26日(金)2回目@TOHO日比谷 50周年記念IMAX上映
小さい頃モノリスのような物を見たような気がする。空に浮かぶ長方形の...
小さい頃モノリスのような物を見たような気がする。空に浮かぶ長方形の物体。この映画を見たときにあーあれはモノリスだったのかと思ったけどでは私はスターチャイルドなのだろうか。笑
この映画が1968年に作られたのがすごい。最初の台詞のない数十分も、ディスカバリー号の撮影方法も、最後の木星のその先についての概念も素晴らしい。
他の作品で人類を超越した概念などを見かけることがあったけど、きっとこの作品が原点なのだなと思った。
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