千と千尋の神隠しのレビュー・感想・評価
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ブヒー
よくこんな日本独自の文化や妖怪、神々の事を題材にしたアニメーションが海外で評価されたな〜、というのが素直な感想です。自分初のアニメ映画評価ですが、観てると昭和の匂いがして懐かしい気持ちにさせてくれる不思議な映画。川の神様、山の神様、森の神様と日本独自の古風な妖怪や神様達が大勢出てきて、物語に華を添えます。ストーリーも、何故か風呂屋で働く事になるが、千が子供から大人になる成長を映し出した物語。働く人?達の正体も何処に迷い込んだのかも解らないまま終了しますが、観終われば何故か優しい気持ちにさせてくれるジブリ特有の映画でしたね。でもコレ、小さい子供が観て内容解るのかなあ?
人間界に戻る際、振り向かないで!と、ハクと繋いでた手を離すだけのシーンのアップが、何故か哀しい気持ちと不安な気持ちと優しい気持ちにさせる不思議な間でした。
タイトルなし(ネタバレ)
「兄だった」
千尋の母は千尋に冷たい。父親(夫)には甘えても、一度も千尋を見る事すらない。声も命令口調で冷たい。誰もが気付くのに理由は語られない。
ハクは「そなたを小さい頃から知っている」と言う。名前も忘れるのに「お前の事だけは憶えていた」と言う。
ハクはまだ神になれていない人である。映画の設定で100%神なら夜になって見えるようになる為、昼から見える彼は人の部分があるのである。
川に溺れた千尋は上半身裸であるが、川の中に何かを採ろうとする手はシャツを着ている。だからそれは、靴を拾おうとする千尋の手ではない。千尋を助けようとしている「子供の手」である。神の手ではない。
でも事件は千尋の記憶ではない。千尋自身は「自分は川に溺れた事がある」と、聞いた記憶である。
ハクを助けようとする千尋に、釜爺が「愛だ!」と言う。
宮崎駿は簡単に「愛」と言う言葉を使わない。宮崎アニメの文法には無い。
宮崎駿はこの映画で、銀河鉄道の夜のテーマ「誰かが自分を生かしてくれた」と言う事をやれた。と言っていたそうである。
ハクは千尋の兄である。
彼は、溺れた千尋を助けて 川で溺れ死んでしまったのである。それで彼は その川の守り神になれたのである。元から神なら「そなたを小さい頃から知っている」と言うのは少しずれている。
母は、かわいい男前の 聡明な息子の命を奪った 無気力な娘、千尋のせいでは無いと分かっているが、死んだ長男の為に 娘と向かい合えないままなのである。
そして両親は「千尋に兄がいて 自分を助けて死んだ事」を まだ千尋に伝えていないのである。
釜爺の言う愛とは「兄弟愛」の事である。
ハクが、千尋を「知っていた」と言う以上に千尋を、構い助け続ける理由もうなずける。
その事故が原因なのか、この家族は少しずつ歯車が狂っている。今回の移転・引っ越しも関係しているかもしれない。
これが、この映画のテーマ「誰かが自分を生かしてくれた」なのである。(岡田斗司夫のYouTubeより)
この話を聞いてかなり多くの歯車が噛み合った感じがする。
気付かなかった。兄って気付かないよねえ。
この解かり難さは、実はこの映画は宮崎駿が自分の為に作った、ほぼプラベートフィルムなんだそうだ。油屋(湯屋)はジブリだそうだ。もののけ姫の大ヒットで、宮崎駿はヒットを狙うのでない もっと自分の作りたいモノを!と思ったらしい。でもそれが興行収入1位になり、賞を総取りした。金熊賞を取って一番戸惑っていたのは氏である。変なコメントをしていたのを憶えている。
宮崎駿は人類が思っている以上に化け物である事もさることながら、
見る側も、分からなくても 何か感じ取れる 何かを持っている事実も興味深い。
日本の宝、1位であるべき映画
大好きで大好きで、小さい頃から何回観たかわからない。
きっと何かのきっかけであんな世界につながってるはずだ、あるはずだ。あってほしい。
川と再会するなんて、そんな素敵な話を作れることに、もう言葉がない。先に腐れ神のように汚されてしまった名のある川の主がやってくるという、見事な伏線もあるし。これが素人の凡人だとせいぜい「川じゃなくて実は死んだ兄です」なんて唐突で陳腐な浅いことしか思いつけないからね…。まあしょうがない。川の神様だなんて発想は天才中の天才でないと思いつかないからね。そもそも落ちたときすでに川だったって言ってるのに、あんなのを信じて「す、、すごい!」とか言ってる人(中学生くらいかな?)のIQが心配です…。簡単に騙されちゃいそう…ケーキ切れるかな?
この、異世界と現実世界とがつながってるところが、やっ
ぱり監督の異世界観というのかな…。
今この世界を生きることには、副次的なことがいつもついてまわる。責任があるっていうことなのかなと思う。
異世界という形で描いてるけど、それは小さなもの、言葉を持たぬものたちの世界でもあり、未来世代の世界でもある。今を生きる私たちの目の前にある世界と、つながった世界がたくさんあって、影響を与えてるんだよね。
初めてハクを劇場で見た時はハクも怖かったなぁ。
美しすぎて、人間だけど人間じゃないみたいに見えた。
カオナシ登場からの不安と緊迫感、夜にあんまんを食べてるシーン、お風呂掃除の日常感、電車から見えるおじさんと女の子の幽霊?
晴れて気持ちよく風の吹き渡る草原と人肉を売る商店街のギャップが不気味。
何回観てもたまらない。。
どうにかして、コロナ禍で収益を上げたいちジャンプ漫画のいちエピソードじゃなくてぶっちぎり1位にしてほしいなぁ…。こんな心豊かな映画が、日本映画界の頂点でありつづけてほしいから。。
観る人によってツボが異なる
ベルリン国際映画祭で最高賞
資本主義化したカネの亡者への警鐘
基本的には面白い作品だけに序盤の両親の豚だけはどうしても理解出来ない。
「ここはね、人間の来るところじゃないんだ。
八百万の神様達が疲れを癒やしに来るお湯屋なんだよ。
それなのにお前の親はなんだい!お客様の食べ物を豚のように食い散らして。当然の報いさ。」
両親は食い逃げをする気はなく料金を支払うと言ってる。現金もクレジットカードも用意してるからいくらでも支払う用意はある。資本主義社会や貨幣制度を全否定してるようにしか感じない。
もう一つは腐れ神。
オクサレ様の正体は、名のある川の神様です。
神様の中でも名がある存在なのに、どうしてゴミまみれになってしまったのか。それは現代社会の実情を表していると言われています。
コミカルに描きながらもポイ捨てや不法投棄が増えることによって自然が破壊されることを描いた宮崎駿監督の訴えは考えさせられるものがあります。
以上はSNSの引用です。
不法投棄なヘドロは勿論公害問題ですが問題にすべきは国民の意識ではなく法令です。
廃棄物の処理及び清掃に関する法律、要はゴミのポイ捨てと不法投棄は犯罪です。
違反した場合は懲役か罰金の刑罰が課せられます。
要は腐れ神のような被害者を出した犯人は逮捕されるんですね。
日本列島は法治国家ですから腐れ神を出した犯人を逮捕しない警察が問題なんですね。
カネの問題じゃないと湯婆婆、法律の問題じゃないと湯婆婆、
要はここは資本主義社会じゃないんだから資本主義社会の常識を持ち込まれても困ると言いたいのかな。
ススワタリ全員と契約書交わしたんか
読書徹夜の明け方になんとなく鑑賞。千尋ちゃんの両親が勝手に飯を食い出すシーンがかなり怖いです。「そんなことしない方がいいよ」ってことを、自分の親が平気ですると信頼できなくなります。親を信頼できないと、基本的に子どもは寄る辺なき孤独と不安を生きざるを得なくなりますよね。その意味で物語終了後の千尋ちゃん、どうか幸せであれと願います。
大人になって観ると、カオナシのなんと腑におちるものか。金や食料を差し出す以外のコミュニケーションがまともにできないやつ。「俺は客だぞ」「俺は腹が減ってるんだ」日本には年々カオナシが増えているように感じます。あのお面はコロナマスクだったんですね。
美しい川にゴミを投棄してヘドロ川にしてしまう人間、神様へのお供え物を勝手に食って豚に変身させられてハタキでペシペシ追い払われる人間、カオナシのような人間、2001年時点で宮崎駿が失望している現代人は20年以上経っても挽回しきれてないように思います。
ちなみに私はススワタリになりたい。サイズも謙虚で真面目に働き、女の子に甘えちゃったりして。ちゃんと靴預かるしエンガチョを見たら真似してみる好奇心。絶対幸福度高いすよ。てかあいつら全員湯婆婆のとこいって名前書いてきたんすかね。労働の報酬の金平糖は湯婆婆がちゃんとそのために仕入れてるんでしょうからね。
何か解決したの?/するの?
20年ほど前の記憶
やはり宮崎作品は視覚的に楽しめる要素がふんだんに盛り込まれている。...
社会におけるアイデンティティについて、考えさせられる深い映画です。
アニメではあるけども、大人も楽しめるような深い映画です。
人が自立し、成長していく様子が描かれているように感じます。
大人は完全に脇役として、上手に、主人公「千(千尋)」のチャレンジと成長をアシストしています。
映画の中で流れる緩やかなテンポで心地が良い音楽は、その成長を見守れるような安心感を創り出している気がします。
子供ながらも、自身のアイデンティティを守るために生きていく様は、
現代の一人一人の実質的な状況を描写してるような深い映画です。
「自分は何のために生きているのか?」
「どうなりたいのか?」
「自分が存在している理由は?」
深く考えさせられる映画です。
観劇のため予習
やはり名作
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