シン・シティ : インタビュー
アラン・ムーアと並び、アメコミに革新をもたらしたといわれるフランク・ミラー。ハードでバイオレンスに溢れた作風で、他とは一線を画してきた彼が思い描く“コミックヒーロー”とは何か? 来日したミラー本人が語った。
フランク・ミラー インタビュー
【Part2】フランク・ミラーとコミックヒーロー
聞き手:柳下穀一郎
ヒーローとは彼らが行う決断のことだ
フランク・ミラーのヒーローはいつも孤独である。
ミラー畢生の傑作であり「バットマン」の、ひいてはアメコミそのものの歴史を変えた名作「ダークナイト・リターンズ」において、バットマンは孤独な老人である。かつての力も栄光も友人もいない孤独な男は、過去にすがりつくように孤独な戦いをはじめる。それはあるいは滑稽な、だが崇高な挑戦なのである。「シンシティー」のゴリラのような大男マーブも殺人の罪を着せられ、自分ひとりで全ての権力を敵にまわして戦いを挑む。ミラーの出世作「Deardevil: Born Again」ではデアデビルことマット・マードックは仕事も住居も友人も全て奪いとられ、ホームレスとなって街をさまよう。
だがそこから再び、己の力だけを信じて、ヒーローは立ち上がるのだ。
「最初に『バットマン』や『デアデビル』に携わることになったとき、前任者たちは大きな間違いをしていると思った。つまり、彼らはあまりに安全な世界にいた。バットマンなんか“保安官補”ならぬ“バットマン補”までいたんだ。だから、私はバットマンにふさわしい舞台を与えてやろうと思った。私が参加したときのゴッサム市はバットマンなど必要としないような場所だった。誰かがバットマンみたいな扮装して人間を窓から放り投げたりしなければならない―――それはとても、とても危険な世界だ。だから、私は窓から外を見た――80年代終わり頃のニューヨークはまさにゴッサム・シティのようだったんだ」
頼る者なき世界でヒーローは自分の力だけでヒーローとならねばならない。
「私にとって、ヒーローとは彼らがおこなう決断のことだ。マーブはゴールディの復讐をしようと決意するからヒーローとなる。バットマンが再度立ち上がるとき、彼は運命を受け入れている。世界が自分の敵とまわることを知っているんだ。スーパーパワーも結構なものだろうが、今ここで起こっていることに比べたらはるかに退屈だと思う」
「ダークナイト・リターンズ」をはじめとする多くのコミックでミラーはアメコミの歴史を変え、アメコミに暴力の時代をもたらした。それは「今ここで起こっていること」をとらえようとしたためである。ミラーがはじめて脚本を書いた(そしてみずから失敗作だという)「ロボコップ2」においてもそれは同じだ。あの映画でもっとも魅力的なのは冷血な少年ドラッグ・ディーラーだろう。
「あれは馬鹿馬鹿しいほど野心的な企画で、最初は6時間くらいになる脚本を書いてしまった。それから切り縮めて混乱した2時間の映画になった。あのキャラクターは私が映画の最初の監督(その後交代した)だったティム・ハンターと一緒になって作りあげたものだ。彼の死の場面は、あの映画の中でもいちばんいいところじゃないかと思うよ」