劇場公開日 2025年12月19日

ボディビルダー : 映画評論・批評

2025年12月16日更新

2025年12月19日よりシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷にてロードショー

プレミアから約3年、トラブルを乗り越えて、ついに公開されるボディホラー心理劇

2023年1月のサンダンス映画祭で上映され、一時はオスカー獲得を期待されたものの、主演俳優の逮捕やハリウッドのストライキによって公開延期になっていた作品。今年3月にようやく全米公開され、欧州や中東に続き、ついに日本にも上陸する。監督はイライジャ・バイナム、主人公にジョナサン・メジャース、勤務先の同僚にヘイリー・ベネット、夜の女にテイラー・ペイジ。現役のプロ選手で俳優のマイク・オハーンが、主人公が憧れるボディビルダー役を演じている。

スーパーに勤務し祖父の面倒を見ながら、プロ・ボディビルダーの夢を追う黒人青年キリアン(メジャース)。大会で優勝するべく、厳しい節制を課し自らの肉体を虐め抜く彼は、次第にステロイドやドラッグを濫用するようになり、その精神は崩壊し始める。想いを寄せていたジェシー(ベネット)とも気まずくなり、娼婦(ペイジ)からも気味悪がられ、孤独と不安に苛まれる。そんな中、彼が最も憧れる王者ヴァンダーホーン(オハーン)から連絡が入る。

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冒頭からメジャースの体に目を奪われる。まるで太古の剣闘士にも見えれば、異世界の獣のようにも見える。75キロの体重を15か月の準備期間を経て90キロにまで増量して作り上げたそうだ。肉体改造を極めたその体つきだけで、彼が本作にどれだけの情熱を注いだかが伝わってくる。実直で寡黙なキリアンが、承認欲求や勝利への渇望によって周囲の人間と軋轢を生み、破壊衝動に駆られていく変貌ぶりは、肥大する筋肉と相乗しながらボディホラーの領域へと雪崩れ込む。

そもそもボディビルはほとんどが個人戦であり、プロであっても調整や管理は選手自身が行い、構造的にも文化的にも「孤独な競技」と言われることもある。加えてオンとオフの境目が不明瞭なため、慢性的なストレス状態に陥りやすく、長期間にわたって心身を損傷させる場合もあるという。本作でもこういった事情は詳述されるが、最近公開されたクィア・ロマンス「愛はステロイド」でも主要なテーマになっている。

そういった流れから、本作は「ジョーカー」とよく比較されているが、感じさせる生理的な居心地の悪さは「フォックスキャッチャー」や「セッション」に迫るものがある。また、テーマに有害な男らしさやBLMが絡まった設定に加え、暴行容疑で逮捕劇を起こした主演俳優のメジャース自身が衝動的なキリアンとイメージがダブることで、全米ではSNSなどで「フィクションとして観られない」という意見も出た。

とはいえ夢と絶望の間で揺れるメジャースの演技は文句なしのオスカー級、ラストの展開も様々な受け止めが可能で、心理劇としても強烈な印象を残す問題作。スポーツ映画だと思って見逃すには、あまりにも惜しい。

本田敬

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