劇場公開日 2025年12月19日

楓 : インタビュー

2025年12月17日更新

福士蒼汰は“そこに立っているだけ”ということができる人 行定勲監督と“名曲の映画化”に挑んだ日々

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1990年代から30年以上にわたって日本の音楽シーンの第一線で活躍し、幅広い世代の支持を集めるロックバンド「スピッツ」。彼らが1998年に発表した名曲「」を原案にしたラブストーリーが完成した。

福士蒼汰福原遥を主演に迎え、大切な人を失った男女の哀しみと再生を描き出す映画「」。監督を務めたのは、社会現象を巻き起こした「世界の中心で愛を叫ぶ」をはじめ、様々なラブストーリーを世に送り出してきた行定勲。福士と行定が、スピッツの楽曲から何を受け取り、映画として何を表現したのか?(取材・文/黒豆直樹、撮影/間庭裕基)


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●「」の映画化 行定勲監督、草野マサムネの歌詞は「読めば読むほど、死と生の境界線に立っている」

――スピッツの「」を映画にするという企画に関して最初はどんな印象を抱きましたか?

行定:(プロデューサーから)「スピッツ好きですか?」ってカジュアルに聞かれて「好きですよ。ここでスピッツがどれくらい好きかを語り始めたら数分では終わらないよ」と答えたら「良かった。実はこんな映画の話が…」と言われまして。スピッツが主題歌を書くのかと思ったら、楽曲をテーマにした映画で、しかも曲は「」ということで、聞けば聞くほどプレッシャーでした(苦笑)。

現存するロックバンドの中でもレジェンド級の存在で、その楽曲を映画にするなんて想像もつかなかったし、草野さんが書いた一筋縄ではいかない歌詞をどんな話に落とし込めば、みんなが納得してくれるだろうか? と思いましたね。

草野さんの歌詞を読めば読むほど、死と生の境界線に立っているというのを感じるんですよね。そして(生と死の)どちらの方も向いているんです。そこに明確な正解があるわけでもないし、草野さんも説明や明言をされているわけでもなく、スピッツの歌詞であること、草野さんの世界観であることによって得られる“余白”があって、それが面白いなと思いました。

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福士:昨今、音楽を原案にした作品はいくつかありますけど、まさかスピッツさんの曲、しかも「」でというのは想像してなかったというか、「え? スピッツさん!?」という驚きがありました。

でも、そういう音楽原案の作品には、観る者を惹きつけるエネルギーみたいなものがあるのを感じていて「First Love 初恋」(※宇多田ヒカルの楽曲「First Love」、「初恋」にインスパイアされた作品/Netflix配信)を観ても「いいな」と思ったし、スピッツさんの「」を原案に映画をつくるのなら出たいなと思いました。シンプルに、それだけで吸引力がありました。

台本を読ませていただくと、双子という設定で「どこから出てきたの?」と驚きました(笑)、すごく発想が面白くて、読み終えて改めて「」を聴いてみると、また印象が変わるんですよね。そこから「これは涼と亜子という男女の話じゃなくて、(双子の)涼と恵の物語とも読めるのではないか?」と考えたり…。音楽をベースにした映画だからこそ、解釈や可能性の広がりを感じて、すごく魅力的だなと思いました。

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福士蒼汰“双子役”への挑戦 行定勲監督「“そこに立っているだけ”ということができる人」

――今回、双子の涼と二役、しかも涼に関しては、亜子の前では恵のフリをするという、非常にややこしい演じ分けが求められました。

福士:そうなんですよね(苦笑)。ただ、行定監督と初めてお会いしたときに「あまり、わかりやすくしなくていいよ」と言っていただけて、双子だけど生きてきた過程の中での変化が表れるはずで、彼らがどんな選択をして、どう生きてきたのか? ということを考えつつ、メガネや左利きといった部分はミスリード的にあえて違いとして見せていますが、あまり表面的な部分でわかりやすく違いを表現しようとはしないようにしました。ただ、すごくテクニカルな部分で言うと、喉の使い方を若干、変えています。喉仏の位置を少しだけ変えることで、わずかに声のトーンや雰囲気が変わっているところはあると思います。

――演じる中で、印象深かったシーン、ご自身にとって大切なセリフなどはありましたか?

福士:(亜子が目の手術を受けた際の)病院のシーンですかね。改めて、涼が自分の嘘に向き合う瞬間のように感じていて、自分の中での決心を固めるシーンでもあり、「ずっとそばにいるから、俺は」と言うのですが、この「俺は」というのは“涼が涼として”亜子に寄り添うという強い思いがあるのかなと感じて、演じる上でも意識しました。

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――行定監督は初めて福士さんとご一緒されて、どんな印象を持たれましたか?

行定:驚いたのは、丸腰に近い感じで“そこに立っているだけ”ということができる人なんですよね。ちゃんとそこにいられるか? それって「ある」か「ない」だけなんですけど、ない俳優さんもいて(笑)。小手先でいろんなことをやるけど、ないじゃん!という(苦笑)、「とりあえず全部取っ払って!」という作業を監督がやらなきゃいけないことが多々あるんですよ。

それは演出という仕事の一部かもしれないけど、僕らはもっと“先”が見たいわけです。そこからスタートできるというのが現場で非常に心地よかったし、小賢しい演出をしたり遠回しに何かやらせようとしたりする必要もなく、涼として、恵としてそこにいてくれるんですね。

最初は恵を装った涼として存在していたけど、だんだんシームレスになっていき、やがて涼の気持ちが浮き彫りになってグッと迫ってくる。福士くんがそこをしっかりと見せてくれることで、本来は複雑な物語を複雑には見せず、観る人がシンプルにスピッツの曲を聴きながら、いろんな思いを馳せることができるようになっていて、そこは福士くんの在り方に救われたなと思います。

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●ラブストーリーは“人間の心を描く”作品

――福士さんにとって。本作は久々のラブストーリーになりました。これまで様々なタイプの恋物語に携わってきましたが、今回、少し大人のラブストーリーに参加されてみていかがでしたか?

福士:10代、20代とキラキラ、キュンキュンのラブストーリーをやってきましたし、壁ドンも映画でもドラマでもやっていましたからね(笑)。一時期ね、「元祖・壁ドンは誰だ?」「山﨑賢人じゃない?」「いや、福士蒼汰でしょ!」とか、いろいろ言われましたが…(笑)。でも20代後半からしばらく出ていなくて、映画でラブストーリーをやるのは9年ぶりになりますが僕自身、恋愛ものってすごく好きですし、青春ものも大好きなんです。今回のお話をいただいた時も「行定監督?出たい!」と思いましたし、設定を聞いて「Love Letter」(岩井俊二監督※行定監督は助監督として参加)も思い出しました。

行定:たしかに(笑)。

福士:監督と初めてお会いした時に「ラブストーリーは人間の心を描く作品だ」ということをおっしゃっていて、僕も同じことをずっと思っていたんです。少年漫画はいろんなフィクションを交えたエンタテインメントであることが多いですが、少女漫画は“日常”を描いていることが多くて、「これって人間ドラマだよな」と。同じ感覚を抱いている行定監督の下でラブストーリーがつくれるのはすごくワクワクしましたし、実際に楽しかったです。

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●哀しみと喪失――行定勲監督「2人が乗り越えていくさまを描きたかった」

――行定監督にとっても、本作は先ほど福士さんの話にも出た「セカチュー(世界の中心で愛をさけぶ)」に通じるようなラブストーリーと言えるかと思います。

行定:ここ数年、僕が扱ってきた作品の中でも、この「」は“まっすぐさ”や“ひたむきさ”を感じさせる非常に純度の高いラブストーリーと言えると思います。加えて、相手の気持ちを慮り、一歩引くという実に日本人的な気持ちが描かれていて、一歩引くことでそこに余白ができて、感情がどんどん溜まっていく――この「慮る」という言葉は、の花言葉から来ています。昔の日本映画で言うと成瀬巳喜男監督の作品などで、例えば兄の妻に恋心を抱いたりして、恋愛において男女間に何かしらの障害や壁を置いている名作が多いですが、今回、双子という設定を用いたのが絶妙だなと思います。

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一見、想い合っているように見える2人ですが、実はお互いが大切な人間を失っている。この哀しみ、喪失こそが今回のラブストーリーの一番の障害であり、それを2人が乗り越えていくというのを描きたかったんですね。「セカチュー」も同じように“喪失”がテーマであり、喪失から2人がどのように再生していくのかを描いた作品でした。

おそらく、誰しもが生きていく中で、そういう喪失を抱えることになるわけで、いま、若い人はなかなか感じないかもしれないけど、ふと時間が経ったときにこの映画のことを思い出す人がいるんじゃないかと思っています。

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