兄を持ち運べるサイズに : 映画評論・批評
2025年11月25日更新
2025年11月28日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー
「兄を持ち運べるサイズに」というタイトルに込められた家族にしかわからない感情
人によって“家族”(=親子や兄弟姉妹)の形はさまざまで、強い絆で結ばれた家族があれば、そうでない家族もあったりする。それでも当たり前の存在だった家族の誰かが亡くなると、その形が急に揺らぎ、変化し、今まで見えなかった家族の姿が露呈したりする。しかもその死が突然となればなおさらである。「兄を持ち運べるサイズに」というタイトルだけを見たら、自分の家族の形によって人それぞれとらえ方が異なることだろう。
本作は、「チチを撮りに」「湯を沸かすほどの熱い愛」「浅田家!」などの作品で常に“家族”の姿を独自の視点から描いてきた中野量太監督の5年ぶりの最新作。作家・村井理子氏が自身の体験をもとにつづったノンフィクションエッセイ「兄の終い」が原作となっている。キャストには、柴咲コウ、満島ひかり、オダギリジョーという演技派が中野監督の脚本に惚れ込んで集結し、青山姫乃、味元耀大という注目の若手が起用された。

(C)2025「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会
疎遠になっていた兄の突然の訃報を受け、妹の理子(柴咲)、兄の元妻・加奈子(満島)らが、兄の人生のあと片付け、遺品整理、葬儀(火葬)のために再会して直面する事実と葛藤する数日間が描かれる。人生において多くの人が経験することになるであろう家族の死、それを見送る葬儀を通して、家族との関係と自身を振り返り見つめ直していくことになる。結局のところ兄とはいったいどんな人だったのか。自分の知らなかった家族の生前の人生や人間性を知った時、家族であってもその一面性しか見えていなかったことに気づき、人は何を思うかを問いかけてくるような作品だ。
他人である恋人、結婚した妻や夫、その間に授かった子どもに対する以上に、家族だからこそ近すぎて、愛情とともに何とも言えない憎しみを抱いてしまったりもする。それは家族にしかわからない、他人には理解できない感情なのだろう。マイペースで自分勝手な兄に、幼いころから振り回されてきた理子が、疎遠になっていた間の兄、自分の知らなかった兄の姿が見えてくるにつれて、憎しみや後悔という感情が変化していく様を柴咲が絶妙なグラデーションで演じている。また、その気づきにひと役買うことになる元妻・加奈子を演じた満島も、離婚したことで離れて暮らしていた息子への負い目に正面から向き合っていく“母”の姿というもうひとつのドラマに説得力を持たせている。
そして、映画が始まった時にはすでに亡くなっている兄をオダギリが“魅力的”に演じて、理子や加奈子らはもちろん、観客もこの兄に会いたいと思わせてくれる。身勝手で落ち着きがなく、迷惑ばかりかけるような稀にみるダメダメな兄だが、一方で子供や動物には愛情を注ぎ、実は家族思いの不器用な男。「THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE」で脚本・監督・編集・出演を務めるなど、俳優以外の活躍も目覚ましいオダギリにしかこの愛すべき役は演じられなかったのではないか。理子や加奈子らが思い思いの兄と再会するシーンは必見だ。
明日は自分に起きるかもしれない通過儀礼。愛する人や親しい人が亡くなった後に、あんなことをしてしまった、ああしてあげればよかったとか、もっと話をしたり、お酒を一緒に飲んでおけばよかったなどと後悔しないよう、映画を見終わったら、先延ばししないで一歩踏み出し、“家族”と素直に向き合ってみようと思わせてくれる。中野監督の温かな視線に溢れた新たな秀作が誕生した。
(和田隆)





