アブラハム渓谷 完全版

劇場公開日:

アブラハム渓谷 完全版

解説・あらすじ

ポルトガルの巨匠マノエル・ド・オリベイラ監督による1993年の映画「アブラハム渓谷」を、98年にオリベイラ監督が自ら再編集し15分の未公開シーンを追加した完全版。19世紀フランスの作家フローベールの小説「ボヴァリー夫人」をポルトガルの女性作家アグスティーナ・ベッサ=ルイスが翻案した小説「アブラハム渓谷」を原作に、男性的な世界に詩的な想像力で抵抗する女性の苦悩を描き、オリベイラ監督の代表作のひとつとなった。

オリベイラ監督作の常連俳優レオノール・シルベイラが主人公エマを演じて世界的に注目を集め、同じくオリベイラ監督作に多数出演するルイス・ミゲル・シントラ、イザベル・ルトが共演。

2025年4月開催の特集上映「オリヴェイラ2025 没後10年 マノエル・ド・オリヴェイラ特集」にて、ディレクターズカット版ともいえる「完全版」を劇場初公開。

1993年製作/203分/G/フランス・ポルトガル・スイス合作
原題または英題:Vale Abraao
配給:プンクテ
劇場公開日:2025年4月18日

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

全てのスタッフ・キャストを見る

関連ニュース

関連ニュースをもっと読む

映画評論

フォトギャラリー

  • 画像1
  • 画像2
  • 画像3
  • 画像4
  • 画像5
  • 画像6
  • 画像7
  • 画像8
  • 画像9
  • 画像10
  • 画像11

(C)Madragoa Filmes, Gemini Films, Light Night

映画レビュー

3.5女性心理の描写と解釈が、時代とともに進化してきたことを思う

2025年4月24日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

知的

物語をごく短く要約するなら、勤勉で堅物な夫との結婚生活に不満を募らせた女性が、その美しさに魅せられ近寄ってくる男たちと次々に情事を重ねる話。元ネタはフランスの男性作家フローベールが1856年に発表した小説「ボヴァリー夫人」で、時代設定も19世紀前半から半ば頃となっている。姦通を賛美するような内容が問題視され裁判沙汰になるも無罪となり、関心が高まった効果で本が大いに売れたという。

この「ボヴァリー夫人」を、ポルトガルの女性作家アグスティーナ・ベッサ=ルイスが1960~80年代のポルトガルを舞台とする物語に翻案した小説「アブラハム渓谷」を1991年に発表。これを原作に、同国の男性監督マノエル・ド・オリヴェイラが脚本も書いて1993年に映画化した。

映画の最大の魅力は、主人公エマを演じたレオノール・シルヴェイラの凛とした美しさだ。整った顔立ちの中でもひときわ目立つ大きな両眼は、妖しくも深遠な光をたたえる湖のよう。変化の少ない表情からは、しかし確かに内面の孤独と満たされない思いが読み取れ、エマに多くの男たちの目と心が奪われるストーリーに説得力を与えている。公道沿いのベランダにエマが立つと車や自転車で通りかかった男たちが見とれて事故が頻発するというくだりが個人的には大好きで、数少ない喜劇的な場面でもある。

先述のように翻案に際して女性作家の手を経たことで、20世紀のフェミニズムの視点が加わっている。エマの情事は具体的なシーンとしては描かれない。饒舌なナレーションと登場人物らが交わす会話を通じて語られるのみ。そのスタンスがエマの表面的・身体的な行為よりも、彼女の内面やアイデンティティーへの考察や解釈を促す。オリヴェイラ監督の詩情あふれる映像美と相まって、豊穣な文芸映画の品格が保たれているとも言える。

初公開時から30年以上を経て、未公開シーンが追加された「アブラハム渓谷 完全版」を観る意義のひとつは、女性心理の描写と解釈が時代とともに進化してきたことに気づかされる点だろう。2020年代の日本で、法改正やコンプライアンス重視の流れによってジェンダー平等の理想は広まってきたが、格差や差別が依然として残る現実をどうとらえるのか、考えるヒントにもなるだろうか。

とはいえ3時間23分という長尺は、合わない観客にとっては苦行の体験になってしまうかも。大衆向けの娯楽作というより、時間に余裕のある層向けの知的嗜好品ととらえるべきかもしれない。

コメントする (0件)
共感した! 0件)
高森 郁哉

4.5想像力全開の203分

2025年5月4日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

そこ撮らないんだ、という技法があるんだなと知った。
焦らしのカメラワークと音でどういう状況か、あれは何だったのかを終始脳内で思い描いて
1分たりとも飽きなかったし夢中だった。

オリヴェイラ監督はDVDでいくつか見たけれど
今作は個人的に別格で
初体験だった。

マイナス0.5点は、猫がかわいそう過ぎませんか?
という点と、
ただし美女に限る、という点で。
こういうサブスク難しそうな作品を優先的に映画館で見たほうがいいなあと心底思っている。

コメントする (0件)
共感した! 0件)
ひかりすぎ

5.0満たされない人生

2025年5月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

1993年。マノエル・ド・オリベイラ監督。裕福な家庭に育った女性(エマ)は敬虔なカトリックの叔母の影響を受けつつも自由に美しくプライドの高い女性へと成長していく。妻を亡くした年上の医師と愛のない結婚をして上流階級のパーティへも参加するが、男たちと性的な関係を持っても心は満たされない。娘2人をもうけながら、ままにならない人生を生きていく。
フローベール「ボヴァリー夫人」を現代的に翻案した小説があり、それが映画の原作になっているというから「ボヴァリー夫人」から派生していることは間違いない。主人公が自らそれを意識している(自意識)ことを除けば、物語の筋は確かに近い。それも興味深い(あーあの場面かと指摘する楽しさ)。主人公は意識しつつもどこがボヴァリー夫人的なのかわかっていないのだが。しかも、本家本元のように救いのない悲劇的な結末というわけでもない。夫の亡くなり方は極めて似ているが。
もっとすごいのは映像と編集、音、そして会話。片足をやや引きずるエマの歩きのリズムとともに、映像と音と会話が滑らかさを保った緩やかなぎこちなさで進む。すべてのショットが美しいが、蛇行する川とぶどう畑や屋敷の俯瞰ショットや、カラフルなエマの衣装はまた格別。

コメントする (0件)
共感した! 0件)
文字読み

5.0やっぱり驚異の映画だった

2025年4月27日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

どの辺が完全になったのかわからないのだけど、15〜16分くらい増えてるのか。

初公開の時、それよりちょっと前に東京国際映画祭で上映されて公開された『クーリンチェ少年殺人事件』に次ぐ衝撃を受けた作品。この90年代は世界にはこんなものがあるんだという衝撃をたくさん受けた。

正直クーリンチェもそうだけど、完全版でなくとも稀にみる傑作で、どっちでもいいんだけど、これもひょっとしたらあまりの密度ゆえに短いほうが脳が対応可能な範囲で終わるのかもしれない。クーリンチェも4時間版観た時に「前のでもよかった」とは思ったもんな。マジで傑作は完全でなくても傑作という事実を知った。

しかし久しぶりに観ても前半部はかなり覚えていた脅威の悪魔的映画。ポルトガルの陽光、色彩、風土も混じってではあるが、死人がでるほどの美人をそんな田舎に置いとくとどうなるか。小悪魔から悪魔になった辺りが妖しく、また、恐ろしい。まさに高貴な猫のような佇まいでヤバいんです。

文学的ナレーションが絶え間なく流れ、絶えず客観的に主人公エマの人生を追いかけていくのだけど、この土地ならではの歴史のうえにまた飲み込まれるエマの人生を追体験してるみたいで途中から独特な感慨が襲う。

ベートーベンの月光とドビュッシーの月の光、バッハのG線上のアリアという超ポピュラークラッシックがこんなにドーンと使われてたんだ、とか思った。そしてエマの足が悪いからこその移動範囲の狭さに反して、ボートを正面から捉えた渓谷の疾走と、最後の果実の実った木の下をトラックバックしていくところのエマの表情と後ろに流れていく背景の美しさが儚く失神しそうになる。

なんだかこういうのを観ると、そのままタビアーニ兄弟とか、アラン、タネールとか、フレディMムーラーとか観てみたくなった。

1993年制作というと、ほぼ同世代の黒澤明が遺作『まあだだよ』撮ってる頃。資質が違うのだけど、やっぱりこれは衝撃だとしか言いようがない。

コメントする (0件)
共感した! 0件)
ONI

「アブラハム渓谷」シリーズ関連作品

他のユーザーは「アブラハム渓谷 完全版」以外にこんな作品をCheck-inしています。