オークション 盗まれたエゴン・シーレ : 映画評論・批評
2025年1月7日更新
2025年1月10日よりBunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほかにてロードショー
実話にインスパイアされた現代の「金の斧」のような物語
イソップの寓話「金の斧」は、“正直者は報われる”という教訓を導く説話である。誤って川に落としてしまった斧に対して、神さまから「それは、この金の斧か?」と問われた木こりは「違う」と答え、「ならば、この銀の斧か?」と問われても、彼は「違う」と答える。そして、最後に見せられた古く汚れた斧を自分のものだと正直に答えた物語の顛末は、ご存知の通りだろう。「オークション 盗まれたエゴン・シーレ」(2023)は、工業地帯に住む若い工員の家に飾られていた絵画が、ナチス・ドイツに略奪されたエゴン・シーレの作品であることが判明し、オークションの世界における権謀術数が描かれてゆくという作品。実話にインスパイアされているが、現代の「金の斧」のような教訓を伴った物語になっているのである。
群雄割拠ひしめく美術オークションの世界では、相手を騙そうとする嘘つきと、相手に誠実であろうとする正直者とが混在する。そんな中、今作に登場するある人物は、絵画の真贋を見極めてゆくという物語の大筋に支障がない程度の小さな<嘘>をつく点が興味深いのである。例えば、中古の“ブルゾン”をめぐる出所。<嘘つき>と<正直者>という人物を対比させることによって、<偽物>と<本物>という絵画に対する真贋に呼応させていることが窺える。物語が二転三転することで、その対比が真贋の境界線とは別の要素を炙り出してゆくという構成は見事だ。
監督・脚本を担ったパスカル・ボニゼールは、ジャック・リヴェット監督作品の脚本家として名を馳せ、「美しき諍い女」(1991)では孤高の画家とその作品をモチーフにした。また、自身の監督・脚本作「LES ENVOUTES」(2019)でも画家を主人公にしたという経緯がある。そういったフィルモグラフィの符合に加えて、彼が日本でも出版された「歪形するフレーム 絵画と映画の比較考察」(勁草書房)の著者である点も重要だ。絵画と映画とのフレーム内に知覚させるイメージの違いに関する本著の論考を、今作では複合的なフレーム内フレーム(例えば、劇中の絵画のみならず、意図的に形成された枠組みなど)を映像内に構築させることによって、ボニゼール自身が密かに作品の中で実践してみせているからにほかならない。
日本で同時期に劇場公開された倉本聰の脚本作「海の沈黙」(2024)では、芸術性の高い絵画が贋作であるとされた途端に価値がなくなってしまうことへ対する疑念を描いていた。一方、「オークション 盗まれたエゴン・シーレ」では、それまで全く価値のなかった絵画が、突然金融的な価値を伴ってゆくというプロセスを描いている。対を為すようなこの二作品を横断することによって、奇しくも物事の真贋に対する複合的な観点が導かれてゆくのも一興だ。まるで「金の斧」のような本作の終幕は、パスカル・ボニゼール監督が絵画の真贋よりも人間性に対する真贋の方を描こうとしているのではないかと思わせる由縁なのだろう。
(松崎健夫)